「はぁ……」
「なーに?葉菜先生、悩ましげなため息なんて吐いちゃって。……ってまさか、あの二股男からヨリ戻そうとか迫られてる訳じゃないよね⁉︎」
午後七時を過ぎて、延長保育だった子供達もすでに全員帰宅し、明日のりす組のひな祭り制作で使う予定の紙コップや折り紙などの材料を教室に準備してから更衣室へ行けば、同じく遅番だったうさぎ組担任の風香先生に無意識に吐いたため息をばっちり聞かれてしまったらしい。
「ま、まさか!それはないない!」
今残っているのは私と風香先生の二人だけだから、誰に聞かれる心配もないけれど私は慌てて否定した。
モデルみたいにスラッとした体型に、カーキブラウンのショートボブが良く似合う風香先生もとい風香とは、実は保育の専門学校時代からの親友で、何の縁かこうして今も同じ保育園で働いている。
あの日犬飼さんに拾われていなかったら、多分私から光司くんとの事の顛末を一番に聞かされていたはずの子だ。
見た目通りさっぱりしていて何事にも物怖じしないタイプの風香だけど、光司くんとのことは私以上に憤ってくれて。
私は二股を掛けられて捨てられたという事実よりも、そっちの方に涙腺を刺激されて涙が止まらなくなり大変だった。
犬飼さんや風香のお陰で、今ではもう彼に対して好きだとか未練だとか、そういう類の気持ちは微塵も残っていない。
部屋に色濃く存在していた彼の痕跡も、全て綺麗に処分した。
そうしてまっさらになった心の中にいつの間にか自然と棲みつくようになったのは……。



