慎吾がわざとのしかかるように顔を寄せてきた。

「里穂。女の子を口説くのに男が正攻法ばかり用いたら、人類は滅びるよ?」

 面はゆい単語が散りばめられたセリフにドギマギしながら、口を尖らせてしまう。

「もう女の『子』って年じゃないんだから、からかわないで!」

 にらめば、真剣な眼差しでのぞきこまれた。

「からかってなんかない。里穂は二年前も強烈に惹かれた女だったけど、今はもっといい女になってる」

 慎吾の双眸の色に、里穂は反論を封じられてしまう。

「一緒に住もう」

 誘惑たっぷりの甘い声にくらくらしてYESといいそうになる。

 しかし。
 一緒に住んだら、なしくずしにそういう(・・・・)関係になってしまわないだろうか。

 二人は既に相手の熱を知っている。
 互いに憎からず思っているし、むしろ里穂自身も望んでいる。

 だが、彼女の男性経験は慎里を授かったあの一晩だけ。

 そしてその後、妊娠・出産・子育てと怒涛の時間が流れた。
 はっきり言って、あの頃より体型が崩れてしまっている。

 元々地味なのに手入れしている暇なんてないから、同じ年齢の女性より肌も髪も疲れている。

 対する男は、あの時よりも洗練されて自信に満ちて艶を放っている。

 魅力がありすぎる彼に対して、もう一度全てを曝け出したらがっかりされてしまいそうだ。
 一緒に暮らしているうちに、あの時の熱情を慎吾は失ってしまわないだろうか。

 心細げな表情で黙ってしまった里穂を慎吾は覗き込んだ。

「俺は里穂が火傷にキスしてくれたときから『この子と幸せになる』て決めているけど」

 慎吾が彼女の耳元にささやく。

「里穂もそう思えるように、おにーさんとお試し同居をしてみませんか?」

 彼女はなおも答えは出せない。
 里穂と慎里を想って、ここまで『巣』を整えてくれたことに喜びがあるのは確かなのに。

 表情が曇ってしまった里穂に慎吾は安心させるように微笑みかけてきた。

「『悪いようにしない』って言ったろ? 俺は里穂との約束は破らない」

 慎吾の言葉も笑みも、彼女に安心しか与えない。