「里穂と慎里が行くあてがないのは事実」

 彼女は俯く。
 その通りだ。

「この家に君らの寝泊まりする部屋があるのも事実」

「でもっ!」

 ち、ち、と慎吾が指を横に振る。

「二人がここで泊まることに反対する奴は誰もいない」

 そうだろうか?
 会ったことないが、慎吾の両親は。
 彼の親友である、CEOは?

「おまけに君の御子息はこの家がお気に召したらしい」

 里穂は唇を噛む。
 
 燦々と光が差し込んでくる南向きの窓。
 天井が高く、隙間風が吹き込んでこない壁。
 広い部屋、傾いていない床。
 
 彼女が息子に与えたくて、カケラも持っていなかったモノ。
 
「社員割引と福利厚生で家賃と光熱費は大幅割引のうえに、荷物は搬入済と来たもんだ」

 慎吾は楽しそうに言う。

「……社員割引?」

 里穂が不思議そうに聞き返すと、慎吾がパチリとウインクを寄越してきた。

「そう。冷徹やり手なホテル彩皇の支配人がね、特定の有能な社員に大盤振る舞い。勿論、下心満載だから出世払いを大いに期待している」

 彼女がこの家に住まわせてもらうしかないと認識するように追い詰めてきた、慎吾の手口は見事としか言いようがない。

 正直、助かる。かといって素直に礼を言うのはシャクに触った。

「卑怯。策略者。腹黒」

 思いつくまま悪口を言うが、とうの言われた男は清々しいほどの悪い笑みを浮かべるばかり。
 彼女の態度が照れ隠しだとバレているからだろう。