彼女の表情が柔らかくなったからだろう、慎吾が蕩けるような笑みを浮かべた。

「俺は里穂と幸せになりたい。慎里がこれから大きくなるところを君と一緒に見ていきたい」 

「慎吾」

「里穂と慎里にも、俺のことをもっと知って欲しい。ここに一緒に住んで、お互いに知り合っていかないか」

「……でも……」

 里穂は躊躇する。

 自分などがこの将来ある男の隣を歩いてしまっていいのだろうか。

 YESといいたい、けれど……。 

 彼女は目を彷徨わせているうちに、時計に目を止めた。

 バタバタしていたうちに、昼近くになっている。
 今日も夕方から深夜勤だ、少しでも寝ておかねば。

「私達、そろそろ帰らせてもらうね」

 里穂は腰を浮かしかけたが、手首を掴まれた。

「帰さない」

 目の前には不退転の決意の表情の男がいる。

「あの社員寮も、彩皇も環境が劣悪すぎる」

 男の声に怒りが滲む。

「特に君のいた場所は女性が子供と住むには危険すぎる。他の社員達にも別の社員寮を用意したから、今日中に引っ越す者もいる」

 住人の社員が訴えても全く改善されなかったのに、慎吾は迅速に処理してくれたのか。
 どれだけ彼の力は強大なのだろう。

「でも私達には」

 いくあてがない。

「里穂と慎里は今日からここに住むんだ」

 慎吾の言葉に、里穂は首を傾げた。
 嬉しいが、理由がわからない。

「悪いと思ったが、君の荷物も社員寮から既に引き上げさせてこの家に運び込んである」

 あの、なにもない部屋を見られたのか。
 息子に愛情以外、与えられていないことを。

 恥ずかしさと情けなさから、里穂はカッとなった。