「里穂」

 彼女がテーブルの上のコップを掴んだ自分の手を見ていると、慎吾の手が重ねられてきた。

「誰かに何を言われても、俺の子供を産んだ女性だと堂々としていればいい」 

 里穂は思わず顔を上げた。

「だって! 慎吾、すごい家の人じゃない! 私、孤児だよ、施設育ちなんだから!」

 両親を亡くしたことは今でも悲しいが、里穂は施設育ちを恥じたことはない。

 けれど天涯孤独な身を、まるで卑しいものであるかのように見る人々がいることを彼女は知っていた。

 慎吾や彼の両親がそういった人種でないにしても。彼に、里穂が与えられるものはなにもない。

 狼狽えたような声を上げた里穂に、慎吾は安心させるように笑いかけてくれた。

「ウチはごく普通の家庭だよ」

 隠岐家の遠縁で渡海グループに連なる男の、どこが普通なのだ。

「親父は課長止まりでお袋は八百屋のレジ打ちをしている」

 噛みつこうとした彼女は、慎吾の言葉に何も言えなくなる。

 彼の言う境遇は、里穂の思い描いていた上流階級の家とは確かに違う気がする。

「…………でも、慎吾はエスタークホテルのCEOの懐刀なんだよね。だからお見合いとかすごいんでしょ?」

 おずおずといえば、悪い笑顔を向けられた。

「里穂が見つからなかったおかげでね」

 慎吾が独身なのは、自分のせい?
 里穂の心の中に甘い喜びが湧いてくる。