「確かにいきなり父親になったことについて、戸惑ってはいる」
申し訳ない。
慎吾のとまどいなど、気にしていなかった。
うつむいた里穂には見えていないが、彼は柔らかい表情をしている。
「けれど君がきてくれるまで、慎里は看護師でも他の誰にでもなく、俺にしがみついて離れなかった。この子が愛おしくて仕方がない」
慎吾がそっと慎里の髪に触れた。
愛おしそうな眼差し、慈しみに溢れた手つきに彼の言葉が嘘ではないことを実感する。
「君と結婚、いや付き合っていればいずれ授かっていた子だ。順番が入れ替わったにすぎない」
息子の髪を撫ぜ続ける慎吾の手。
里穂は彼の筋張っていて大きい手が、自分の体中を撫ぜたことを覚えていた。
手から腕、肩から顎へと目で辿れば、男の顔が思いがけないほど近くにあった。
まつ毛が触れ合い、里穂の瞼が自然に降りる。
「里穂……」
二人の唇が触れ合おうとしたとき、里穂は恐ろしい事実を思い出した。
「駄目、結婚できない」
「里穂?」
彼女の両親は旅館を経営していたが、十五年前に火災で失った。
『調査の結果、どうやらお子さんによる失火のようです。残念ですが保険はおりません』
悪夢のような一言が脳裏に浮かぶ。
火災調査官と名乗った男は両親に話しながら、母の背中から様子を窺っていた里穂をチラリと見た。
両親は焼け跡に立って呆然としていた。
記憶にないけれど、自分が原因で両親は旅館を失い、損害賠償や借金を返そうとして命を削ってしまったのではないだろうか。
申し訳ない。
慎吾のとまどいなど、気にしていなかった。
うつむいた里穂には見えていないが、彼は柔らかい表情をしている。
「けれど君がきてくれるまで、慎里は看護師でも他の誰にでもなく、俺にしがみついて離れなかった。この子が愛おしくて仕方がない」
慎吾がそっと慎里の髪に触れた。
愛おしそうな眼差し、慈しみに溢れた手つきに彼の言葉が嘘ではないことを実感する。
「君と結婚、いや付き合っていればいずれ授かっていた子だ。順番が入れ替わったにすぎない」
息子の髪を撫ぜ続ける慎吾の手。
里穂は彼の筋張っていて大きい手が、自分の体中を撫ぜたことを覚えていた。
手から腕、肩から顎へと目で辿れば、男の顔が思いがけないほど近くにあった。
まつ毛が触れ合い、里穂の瞼が自然に降りる。
「里穂……」
二人の唇が触れ合おうとしたとき、里穂は恐ろしい事実を思い出した。
「駄目、結婚できない」
「里穂?」
彼女の両親は旅館を経営していたが、十五年前に火災で失った。
『調査の結果、どうやらお子さんによる失火のようです。残念ですが保険はおりません』
悪夢のような一言が脳裏に浮かぶ。
火災調査官と名乗った男は両親に話しながら、母の背中から様子を窺っていた里穂をチラリと見た。
両親は焼け跡に立って呆然としていた。
記憶にないけれど、自分が原因で両親は旅館を失い、損害賠償や借金を返そうとして命を削ってしまったのではないだろうか。



