あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜

『父親は?』
「いない」

 小さな声だったが、聞こえたようで慎吾が低い声で指示を出してくる。

『すぐ退勤しろ。俺が責任を持って通してやる』
「ダメ、貴方に頼ったなんて知られたら!」

 我ながら矛盾している。
 だが、支配人に融通してもらうわけにはいかない。

 なぜ清掃スタッフが支配人とパイプを持っているのだと噂されて、慎吾との仲を疑われてしまう。自分のせいで、彼を貶めさせられない。

「行けないの。夜勤スタッフ、他に誰もいなくて」

『っ! ……』

 耳元に彼の怒りを感じた。

 やがて大きな息を吐き出したあと、慎吾は冷静さを取り戻した。

『……すまない、里穂。勤務環境は早急に改善する。お子さんは俺が責任を持って預かる。病院についたら連絡するから、それまで不安だろうが待っててくれ』

「ありがとう」

 里穂は震える指で通話を終えた。