「子供っ? 俺たちの子か?」

 慎吾が喜びの声を上げた。

「違う!」

 里穂は咄嗟に叫んだ。

「私の子なの……、慎吾の子じゃないの」

「どういうことだ」

 彼に詰め寄られ、どう説明すればいいのだろうと悩む。

「慎吾の、あなたのおかげで小さい胸のコンプレックスがなくなって」

 それは本当だ。
 横になるとほぼ平らになってしまう彼女のふくらみを、慎吾は大事なものに触れるように愛おしんでくれた。

『綺麗で感じやすい胸だ』と褒めてもらい、男性と愛しあえたおかげで自信が生まれた。彼のおかげで卑下することは少なくなったのだ。

 ごくり。

「そのあと、恋人ができて……その人の子供なの」

「俺以外の男との子供が」

 慎吾は無表情に呟いた。
 しばらく考え込んでいる彼を、里穂は息を潜めるようにして見つめる。

 やがて。

「……愛する男と、その子供と暮らしている。君は今、幸せなんだな?」

 確認するように瞳の奥を覗き込まれた。

「うん」

 自信を持って言える。

 慎吾のおかげで、これ以上ない宝物を授かったのだ。
 母子家庭は大変ではあるが息子との暮らしは喜びであることの方が多い。

 嘘ではない。

「そうか。……いきなり抱きしめて悪かった」

 里穂は無言で首を横に振った。口を開けば、慎吾は悪くないと言いそうだからだ。

「なにかあったら力になる。連絡をくれ」

 里穂に自分のプライベートの連絡先を記したメモを握らせると、慎吾は怜悧な支配人の表情と声に戻った。

「岡安さんの仕事ぶりは十分確認できました。近日中に育成プログラムを作成し、配信予定です。それでは私は失礼します」

 慎吾は里穂に背を向けると静かに客室から出ていった。

 ドアが閉まる音がすると、里穂の目から涙がポタポタとこぼれ落ちた。

「ごめんね慎里、パパと会える機会を潰しちゃった。ごめんなさい、慎吾……」