「っ、」

 寝室はそうでもなかったが、浴室は豪快な使い方をする客だったようだ。
 アメニティはバスタオルとバスローブ以外、なくなっている。

 換気扇は回っておらず、湿気が篭ったまま。
 シャワーカーテンを使わなかったらしく、床も壁もびしょ濡れだ。
 里穂は換気扇の威力を強にセットし、ついで小型のサーキュレーターで湿気を飛ばす。

 十分後、浴室は見違えるように整えられた。
 出来上がりに自身も満足していると。

「素晴らしい。ここまで短時間で、かつ整えられた部屋は初めて見ました」

 賞賛の声が聞こえた。
 怒鳴られても褒められることの少ない職場。

「ありがとうございます」

 彼女はつい、笑顔を声の主に向けた。

「里穂」

 背骨にずしんと来る声で呼ばれた同時に、ぐいと引き寄せられた。
 気がつけば、里穂の汗ばんだ体は制服ごと分厚い胸に囲い込まれている。

「逢いたかった……!」

 万感の思いが込められているようだったが、彼女の体の奥から涙と怒りが込み上げてくる。

「連絡くれなかったくせにっ」

 他人のフリをしようとした考えはどこかに行ってしまった。
 里穂は思い切り慎吾の胸を突いて距離を保とうとした。
 しかし彼も予想していたのだろう、背中に手を回されていて逆に頬を胸に押しつけられる。

「違う! 俺がどれくらい君を探したと思う!」

 肩を掴まれ、離される。……瞬間、彼の熱がなくなり、寂しいと思ってしまう。
 涙で濡れた双眸の前に紙を差し出され、目を大きく見開いた。

「これ」

 何度も広げられては折り畳まれたのだろう。擦り切れてよれよれになっているエスタークホテルのメモパッドに書かれていたのは、間違いなく自分の字だ。