「来た!」

 一気に緊張してくる。

「失礼する」

 怜悧さを感じさせながら、男らしく低い声に肌が泡立つようだった。

「岡安里穂さんですね。支配人の深沢です。貴女の仕事ぶりについての視察なので、私を気にせず職務を継続してください」

 キビキビとした声に身が引き締まる。
 ありがたい。顔を見せずに済むかもしれない。

 里穂は手順通り、ゴミ箱の中身をダストボックスに移し替え、デスク周りなどファニチャーや家電類に消毒液を塗布して清拭していく。

 乱れたベッドのリネン類をひっぺがし、ワゴンに放り込む。

 その間、慎吾はいっさい口を開かない。
 里穂も話すことなく、せっせと動く。

 クローゼットのハンガーを整えて床に掃除機をかけ、空気清浄機をかければ次は水周りだ。
 水回りは殊の外綺麗に磨き上げるようにしている。

「『トイレには金運の神様が宿るんだよ』ってお父さんが言ってたっけ」

 思わず独りごちた。
 今は亡き父も母も、一番汚れるところは率先してやっていた。

「素晴らしいお父上ですね」

 途端、声がして里穂は飛び上がりそうになる。
 ぶつぶつ呟いていたことが恥ずかしい。
 便器に頬擦りできるほどに綺麗にし、最後に「消毒済み」の紙を蓋に巻く。

 次は浴室だ。