「マスクをしてサングラスをする? あるいはピンク色のアフロなかつらをかぶるとかどうかな」

 いずれにせよ『華美な装い、あるいはお客様を不快にさせる装いはしない』という服務規定に違反する。

「そうだ、メガネ!」

 里穂は両目一・二である。
 思いついたのは、ホテル内のコンビニで販売している老眼鏡だ。しかし。

「視界がボヤけてミスしそう……」

 慎吾の前で大失敗し、指導の末減給。最悪、解雇。

 脳内に図式が浮かび、ハッと冷静になる。

「私は失業するわけにない」

 慎吾が自分を覚えていないことに望みを託すしかない。

 ドキドキしながら部屋を片付けていく。

 ……一見、汚れていない部屋は要注意だ。
 勤め始めた頃、『クリーニングせずに済む』と油断した。
 クローゼットの中に押し込まれていた大量のゴミを見逃し、リーダーから大目玉を食らったことがある。

 とはいえ、盛大に乱れた部屋は清掃だけでも当然他より時間がかかる。
 必死感を笑顔で隠し優雅に、を里穂は目指している。

 何室か綺麗にしていくうち彼女は段々と心が静まってきた。
 
 コンコン。
 最後の部屋を清掃しようと入った里穂を追いかけるように、とうとうノックの音がした。