里穂の大好きな声が、やんちゃそうな言葉使いをしている。

 不思議なことに、愛しいあの人と助けてくれた『お兄ちゃん』が重なる。
 懐かしくて胸が痛い。
 聞いてはいけないのに、聞き耳を立ててしまう。

「……ああ、近いうちに詰めよう。まずは社員寮だ」

 社員寮を追い出されてしまうのだろうか。
 しかし、『困る』と陳情するわけにもいかない。

 ……これ以上聞いていても心臓に悪い。
 早々に清掃を終えて、里穂は元々担当している客室へと急いだ。

「よかった、気づかれなくて。……バカだな、私。慎吾は私のことなんて覚えてないよ」

 ……シフト表や社員名簿を見て、『あのときの里穂かもしれない』と、一瞬でも考えて欲しい。いじましいことを考えている自分がイヤになる。

 里穂は誰もいないことを確認してから、両頬をぱちんと叩いて気合いを入れた。

「シフトが被るのは、単なる偶然!」

 全ては慎吾を意識している自分が過剰なだけだ。