「あと、これ」

 慎吾が一葉の写真を示し、旅館があったところに『おかえりやす』と刻まれた石碑を置いたと説明した。

「ご遺体の代わりというか、ご両親が一番帰りたかったところだろうと思った」

 彼の説明に、里穂は耐えきれず涙を流した。

 里穂の記憶をもとに、無縁仏として葬られた場所を探したが二人の遺骨は見つからなかった。

 何年も経過していると引き取り手がないと見做されて、骨壷から出して合祀されてしまうらしい。

「……ありが、とう……」

 自分では両親の遺骨を探すことも引き取ることも諦めていた里穂は、礼を言いながら書類を抱き締めた。

「元々里穂のものだから。君の子供達に伝わるのをご両親も喜んでくださるよ」

「うん」

 里穂は涙ながらに微笑んだ。
 慎吾が彼女を抱きしめる。
 彼女は自分の腕に回された彼の腕に手を添えた。

「里穂はご両親の旅館を再建したいか?」
「ううん」

 慎吾の問いに、里穂は首を横に振った。

 旅館経営は、一人では出来ない。自分達に敵意を向けたあの場所に戻りたくない気持ちもある。
 慎吾が一緒に来てくれれば。
 けれど、この男はあんな小さな旅館に閉じ込めていい男じゃない。両親には申し訳ないが、彼のそばで慎里共々暮らしたい。

「火事が私のせいじゃないって証明してくれた。戸黒に罪を認めさせて、父や母の名誉を復活させてくれた。それだけで十分」

 彼女の目は真っ赤になっていたが、迷いのない笑顔だった。

「奴と対決していた時の里穂は、カッコよくて惚れ直した」

 慎吾が彼女のすべすべの頬にほおずりする。
 彼の伸びかけの髭がくすぐったくて、里穂は体をよじった。

「じゃあ、たまには怒ろうかな」
「俺は全力で君のご機嫌をとりまくるよ」

 ……二人はやきもちを焼いた慎里が割って入るまで抱き合っていた。