あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜

 もう戸黒が怒鳴っても誰も怖がらない。
 大人が怯えなければ子供も泣くのに飽きてくる。

「……きょ、今日のところは県知事との会見があるから帰る。いいか、今度来る時は貸切にしておくんだぞっ」

 戸黒は人々を押し退けると、待たせていたハイヤーに乗り込んだ。  

 醜悪な男の後ろ姿を見送っていた慎吾は、うわああああんと再び泣き始めた慎里の声でハッとなり動いた。

「里穂、ひとまず戻ろう」

 彼女を抱え込むようにして、駐車場へと急いだ。
 里穂は車の中で、泣きじゃくる慎里にも気づかないようで、うわ言のように話す。

「両親共火の始末はやかましかった。そんな人達があの日に限ってボイラー室の鍵を閉め忘れる? そして同じ日、偶然にも自家発電機の確認を怠った? 確かに人間だから、あり得なくはないけど」

 山で怖いのは鉄砲水や獣もそうだが、なにより火災だ。

 父ははっきりと『鍵が壊されていた』と言ったのだ。
 里穂は怒りと憎しみで歪んだ顔を隠した。

「どうして私達は辛い目に遭わなければならなかったの……!」

 里穂を慎吾がぎゅ、と抱き締める。

 しかし、バックミラーに映っていた慎吾の顔は凶悪なほど引き締まっていた。