あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜

「なぜ連絡したのに消防車が一台も来なかったの?」

 里穂は淡々としていたから、彼女の怒りのほどは慎吾と慎里にしかわからないだろう。

 里穂は声高に戸黒を罵ったりしないが、彼女からは事実をうやむやにさせないという気魄(きはく)が感じ取れた。

「他に火事があって出払ってたんだっ」

「じゃあ事故調査委員さん。あの日、うちの旅館以外にどこが燃えてたのか教えて」

「それはっ……」

 戸黒は答えられない。

 問い詰められては言葉に詰まる男。
 彼を醒めた目で見ていたのは、慎吾だけではなく周囲だった。

「うちは町一番の高台にあった。私はずっと消防車が来てくれないかずっと町を見ていた」

 無駄とわかっても声の限りに叫んでみた。
 電話線は焼き切れてしまったのか、繋がらない。

 親の携帯からかけても出てもらえない。
 何度、無線で消防署に連携してくれるよう頼んだことだろう。

「けれど、どこも火の手なんて上がってなかった」

 周囲が息を呑んだ。