「里穂……」

 顎をかたむけて、慎吾の顔が里穂に被さってきた。まぶたを閉じると、唇に彼の吐息を感じた。まつ毛が触れあい。

「ぶううう!」

 それまでだ。
 俺の相手もしろとばかりに二人の顔の間に慎里が割って入ってきた。

 慎里は慎吾にしがみついて離れず、高い高いをしてもらっては何度もねだった。里穂が気づいた。

「慎里って私には高い高いをしてもらいたがらないんだよね」
「そりゃ、父親の特権だから」

 慎吾の返事で里穂は二人暮らしの時の保育園での出来事を思い出した。

 彼女は父親がお迎えにくる子供をみては、慎吾と二人で慎里のお迎えをしている自分を想像し、羨ましく眺めていた。 

 そんな時、肩ぐるまや高い高いをしている父子を見ている慎里に気づいた。
『慎里も高い高いしてあげようか?』と聞くも、息子は抵抗するように海老反りをした。

 ――高い高いや肩車は父親がしてくれるものだと思っていたのかもしれない。

 自分にも、我が子にも色々我慢を強いていたのだと思った。 

 それから三人は慎吾が出張するのを何度も経験し、欠けている相手のことを恋しく思いつつも、少しずつやり過ごす術を身につけていった。