9月も半ばに近づいているが、まだまだ日中は
汗ばむ陽気だ。

俺は、石井純平、32歳、今は、休職中だ。
先日、ある理由で会社をクビにされた。
ある女のせいで。

私は、鈴木晴香、25歳、今は、無職。
ある理由で仕事を退職した。ある男に
復讐する為に。

私には3年付き合った彼がいた。彼は同じ職場の人で、私が入社して、すぐに私の教育係として仕事を教えてくれた。彼は、7歳上で、すごく
大人で、私に、いろんなことを教えてくれた。

私は、しばらくして、優しく仕事を教えてくれる彼を好きになった。ある日、私は、彼に気持ちを伝えた。彼は、それを受け入れてくれて、私たちは、正式に付き合うことに、なった。

彼と会うのは、いつも、仕事帰り。うちの会社は職場恋愛禁止だから、どっちかが先に会社を出て、一駅向こうのカフェで待ち合わせをした。

土日は会えなかった。彼は、母子家庭で、数年前にお母さんが交通事故に遭ったらしい。
お母さんは、交通事故で大怪我を負い、自宅で寝たきり生活らしいのだ。平日は、ヘルパーさんがお母さんの面倒を見ているらしいけど、土日は、
彼がお母さんの面倒を見ているらしい。

彼と付き合うようになって2年くらい経った頃だった。うちの両親が彼を家に連れてくるように言ってきた。私は、それを彼に伝えた。でも、土日は、どうしても家をあけることが出来ない。お母さんが寂しがるからと言って断られた。

私は、彼からのプロポーズを待っていた。結婚したら、仕事を辞めて、彼のお母さんの面倒を見てもいいとさえ思っていた。でも、それを彼に伝えると、「君には迷惑かけれないから、結婚は、もうちょっと待ってほしい。ちゃんと君のことは考えてるから」と言われた。

それから、3年が経とうとしたある日。あることが
わかった。

同僚の亜美から、結婚の報告を受けた。
彼女とは、入社時から気が合い、大親友になった。彼女には何でも話せた。3年付き合ってる
彼がいると言うことも伝えていたが名前は伏せていた。

彼女が聞いてきた。「ねえー、晴香、最近
彼とは、どうなの?」

「どうって。上手くいってるよ。なかなかプロポーズしてくれないけど。」私は、そう答えた。

「気になってたんだけどさ、晴香の彼氏は、どんな人?どこで知り合ったの?もしかして、同じ職場の人?」

私は、亜美に言った。「誰にも言わないって約束してくれる?」

すると亜美は、「当たり前じゃん。あたしと晴香の仲じゃん。言うわけないよ。」と言った。

「実はさ、私の付き合ってる人って、石井さんなんだよね。」と私は言った。

そう言うと、亜美の顔が一瞬にして曇った。

「うそ、石井さんって、うちの課の石井さんだよね?」と亜美が聞いてきた。

「うん、そうだよ。」私が答えると、亜美は、眉間に皺を寄せて言った。

「石井さんは、やめときな。結婚してるから。
しかも子供までいるよ。」

私は、頭が一瞬にして真っ白になった。
「嘘だ。石井さん、独身だって。お母さんと
2人暮らしだって。」

亜美は「晴香、騙されてるんだよ。悪いことは言わない。別れな。」と言ってきた。

私は、探偵を雇った。1週間後に、報告の書類が
届いた。石井さんには奥さんと3歳の息子がいた。奥さんは、出産した後から、ずっと精神不安定らしく、家からは、子供の泣き声が聞こえるらしい。虐待の噂もあるらしい。

両親は健在だった。母親はスーパーの青果売り場でパートしているらしい。何が、大怪我して寝たきりだ。大嘘つき。父親は亡くなったと言っていたが、それも嘘だった。まだ、現役で会社員として働いている。ホント、嘘ばっかり。

私は、いつもの店に彼を呼び出すと、問い詰めた。探偵が調べたことを書いたレポート、隠し撮りした写真を彼に見せた。

「何これ?」彼は、困った顔をして聞いてきた。
「亜美に結婚してることを聞いたの。そして探偵を雇って調べてもらったの。そしたら、ぜーんぶ、大嘘だった。この大嘘つき‼︎」私は、大声で叫んだ。

「ホントのこと言おうと思ったんだ。でも、君も聞いてこなかったし。言うタイミングがなくて。」彼は開き直ったように言った。

「あたしの3年間を返して。絶対に許さないんだから。覚悟してて。」私は、そういうと店を出た。

彼女は仕事を辞めた。彼女は怖い女だった。
彼女は、会社の全員が見れるパソコンのアドレスに画像を添付したファイルを送ったのだ。そのファイルを開くと俺と彼女が裸で映っていた。俺と彼女が不倫している証拠写真だ。会社の上の人間に呼ばれて、俺は、即、解雇となった。

そこからが地獄の始まりだった。朝から晩まで家に無言電話がかかってきた。元々、精神不安定な妻は、もっと症状が悪化した。子供は、うちの両親に預けた。

無言電話の相手は彼女だと言うことは、わかっていた。でも、彼女を刺激して、更にひどいことをされるのでは、ないかと思うと手出しは出来なかった。

ある日、いつものように電話がかかってきた。
妻が、たまたま病院に行っていて、家にいない
時間帯だった。

「はい、石井です。」電話の相手は黙っている。

「もしもし?晴香なのか?」俺は思い切って
聞いてみた。

「そうよ、あたしよ。晴香よ。やっと出てくれたのね。いつもは、奥さんが出るから。あなたの声を久々に聞けてうれしいわ。」

「何が目的なんだ?どうして、こういうことをするんだ。妻は、元々、精神不安定だったけど、君の無言電話のおかげで、もっと症状が悪くなった。もうやめてくれないか。金を用意する。
手切れ金として100万渡す。それで許してくれ。ホントに、すまなかった。」

「お金なんていらないわ。奥さんと別れて、私と一緒になって。あたし、やっぱり、石井さんが好きなの。石井さんと一緒になりたいの。」

「それは、無理だよ。俺は妻と息子を愛してるんだ。頼む。許してくれ。」

「許してあげてもいいわ。その代わり、奥さんと一緒に、いつもの店に来て。私の目の前で、奥さんに私たちのことを全部話して、私に土下座して。そしたら、キレイに別れてあげる。」

「わかった。行くよ。」そう言って俺は電話を切った。

それから数日経ち、約束の日になった。
午後2時、私は、いつもの店で待っていた。

彼は1人で現れた。「ごめん、遅くなって。」

私は言った。「奥さんは?どうして一緒に来てないの?」

「やっぱり妻には、君のこと話せないよ。これ以上、妻の症状がひどくなると困るんだ。」

「奥さんの心配ばっかり。あたしだって、あなたと別れて病院に通っているわ。涙が止まらないし、夜も眠れない。私だって苦しんでるの。」

「君には申し訳ないことをしたと思っている。
この封筒に100万入ってる。これで、どうか許してほしい。」彼は、封筒を私の目の前に置いてきた。

私は、封筒を床に叩きつけた。すると中に入っていた一万円札が、床に散らばった。

「何するんだ。」彼は、床に散らばった一万円札を慌てて拾った。

「ここじゃ話せないわ。よくデートしてた公園に行きましょう」

公園に向かった。公園に着くとベンチに座った。

「どうしたら別れてくれるんだ?」俺は、もう一度、彼女に聞いた。

「奥さんと別れて、私と一緒になって。黙ってたけど、私のお腹の中には、あなたの赤ちゃんがいるの。ほら、母子手帳も持ってきたの。」彼女が微笑んで母子手帳を見せてきた。

「君とは一緒になれないよ。お腹の子、堕ろしてくれないか?」

「どうして、そんなこと言うの?私知ってるの。
あなたが奥さんと別れられないホントの理由。奥さんのお父さんに多額の借金があるんでしょ。それだったら、安心して、その借金、あたしが肩代わりするから。あたし、1人っ子でね、あたしが頼むと、うちの父親、なんでも言うこと聞いてくれるの。だから大丈夫よ。」

「違うんだ。そんな理由じゃない。ホントのこと言うと、もっと君を傷つけてしまうから言えなかった。君のこと最初から好きじゃなかった。誰でも、よかったんだ。妻は、出産してから育児ノイローゼになって、家に帰ると疲れてる俺に、愚痴をずっと聞かせてきた。俺は、それがたまらなく嫌だった。彼女の症状は、どんどんひどくなってきた。俺を責めるんだ。ホントは子供なんて欲しくなかった。あんたのせいだって。」

「俺は、逃げた。好きだって言ってくれる君といると妻のことを忘れられた。誰でもよかったんだ。妻を忘れられる時間が俺には必要だった。」

「ひどい。誰でもよかったなんて。それでもいいの。今から好きになってくれれば。そんな奥さん捨てて私と一緒になって。」

「無理だよ。俺疲れた。1人になりたい。」

「わかった。そんなに1人になりたければ、1人にさせてあげるわよ。」私は、持っていた、折り畳みのナイフで彼の心臓めがけて刺した。彼は、絶命した。

ベンチの下には血溜まりが出来た。私は、何事もなかったように、その場を立ち去った。