Filigran.



「…うん、見てました。」

「凄くかっこよかったです」


そうやって言うと彼は口許を緩めて微笑んだ。



その場で特攻服を脱いだ彼はジャージの上着を羽織り、


伏し目がちに「あの、お願いがあります」と言ってきた。



椅子に座る私の前にしゃがんで、彼は自分のハチマキを取ると私の手に握らせた。


どこからともなくもう一本のハチマキを取り出すと、


「…これに雪乃の名前書いて、交換しよ」


いつもの身長差だと到底叶うはずのない


彼がしゃがんでいるからこそ見える上目遣いが、


びっくりするほど可愛くて息をするのを忘れてしまう。




「…は、い」


全くこの人は、


心臓に悪い人だなぁと改めて感じた。



「雪乃の字はじめて見た。かわいいね」



私がハチマキに『乙木雪乃』と書いているとき、


耳元でそんなことを言われて、危うく書き損じるところだった。




何とか上手く書けて「出来ました」と手渡すと、


「え」と言われる。




間違えたことしたかな、とオロオロしていると、


彼は不貞腐れたような表情で「雪乃がつけてよ、俺に」と言うと、


後頭部をこちらに預けて「おねがい」と言ってくる。




完全に固まってしまった私と、


「…ねぇ、あれ本当に弓弦かな~」


「大丈夫だ蓮人、俺も信じてない」


私の両隣で困惑している二人ともが、弓弦君に翻弄されまくっている。