目の前の弓弦君に目を奪われてからふと我に返ると、



周囲が騒がしくなっていることにようやく気が付いた。




「あの子の彼氏かなぁ」


「あれ、乙木さんじゃない?」


…いけない、とっても不味いことになっている。





目の前でキラキラオーラを隠せていない弓弦君と、


どうやら彼女と勘違いされているらしい私。


この人が弓弦君とバレてしまったら本当に大変なことになってしまう。


もうアイドルではないとはいえ、ファンなんて大勢いるんだから。





「あの、場所変えましょう!」


そう言ってどうにかこの場を離れようと必死になっていた私は、


憧れの推しの腕を掴んで走り出すという、


とんでもない行為をしでかしていることに気が付いていなかった。






「あの、この公園なら人があんまり…って、うわぁぁぁぁ‼」


学校から5分ほどの場所にある公園は、


あまり遊具もないからかほとんど人も寄り付かない。



なんとか逃げ切ったと安堵したそのときに、


私はようやく、


彼の左腕をしっかりめに掴んで走ってきたことに気が付いた。


しかも制服のシャツを腕まくりして着ている彼の、


地肌に触れてしまっている。



走ってきても息一つ上がらず爽やかに佇む彼の前で、


少々呼吸も乱れながら頭の中で、


『あまり人に触られるのは好きじゃないです。潔癖なところがあるみたいで。』



と語っていた雑誌を思い出して顔面蒼白する私は、



大層酷い表情をしていることだろう。



「ごめんなさい、腕掴んじゃって…」



そう言って必死になって謝っていると、


彼は首をコテンと傾げて、


「推しに触れるのは嬉しいことじゃないの?」


と素朴な疑問だという表情で聞いてくる。