推しが「アイドル」を辞める。


あまりに唐突なグループからの卒業発表と同時に告げられたのは、芸能界引退。


知り合いでもなんでもない私は、ライブやイベントが無ければ本来は彼と会えるはずもないんだ。


これまでは彼がその立場にいてくれたから会えたけれど、


そんな肩書が無くなった今、もう会う術は無くなってしまう。


それに…


「恋愛も、出来るもんねぇ…ッ」



これまでは「アイドル」だったから、


私達は彼に恋人の存在を感じることなく、のほほんと応援できていた。




サラサラと靡く黒髪に陶器のように白い肌、


綺麗なアーモンドアイは綺麗な涙袋が縁どられていて、


真っすぐな鼻筋に薄めの唇、唇のすぐ下には黒子もある。



スラリと高い身長は179㎝で、いつかのテレビで「180㎝を目指している」と言っていた。



歌わせても躍らせても完璧で、去年は映画で重要な役もこなしていた。



飄々としたクールな性格であまり笑顔は見せないけれど、


ちょっとした言葉に混じる優しさが好きだった。


それに何より仕事に向き合うストイックさと、


ファンに向けて書いたと言われているある曲の歌詞に惚れたんだ。



『あなたのいない世界なら僕の歌う理由はない。


僕のいない世界でも笑っていてほしいけれど、


本当は僕が誰よりあなたを笑顔にしたい。』



いつもは甘さなんてそぎ落としたような顔をしているのに、


そんなに繊細で切実な歌詞を書いてしまうんだと心をわしづかみにされた。




だから、私はあなたのファンになったはずなのに。


本当は、私はあなたを『推し』だなんて思っていなかったんだ。



「だって、あなたに彼女ができても祝福できない…」




暗がりの部屋で、


チカチカと眩いテレビから無常に告げられるのは


『「Glass Craft(ガラスクラフト)千夜弓弦(せんやゆづる)グループ卒業&芸能界引退 電撃発表‼』


そんな、現実だけだ。