私の鼓動が一気に加速する。

もしかして、自分が今いるのは、仮想空間なんじゃないかと思う程に、この
状況を疑った。

私が立っている階段の数段下に、腰を下ろしている後ろ向きの1人の男の姿が
あったから。

何度も見ているその背中で、私は誰なのかをすぐに感じとれた。
でも、絶対に今、私が彼の近くにいることは気づかれたくない。

だってーー。
私は思わず自分の唇にそっと指を触れさせる。

あの、キスのことが忘れられなくて、うまく喋る自信が無いから。

このまま、ここにずっといたらまずいので、そっと踵を返す。
だけど、残念ながら遅かった。

「おい、俺を無視する気か?」
「ーー、っ!?」

びっくりして思わず振り返ってしまい、私は階段に腰を下ろしている桜
と、薄暗がりの中、ばっちり目が合ってしまう。