〇(回想)遊園地(昨日)
煌輝のスマホを探すため観覧車内で頭を低くした青奈。
煌輝「青奈、好きだよ」
観覧車内でしゃがみ込んでいた煌輝はクイッと青奈の顔の向きを変え、ちゅ、とキスをした。
(回想終了)
〇大堂青奈の家・一階リビング(日曜日午前)
ソファに座り膝に肘をついて頭を下げ、ズーン、と黒い縦線が見えるくらい落ち込んでいる様子の煌輝。
煌輝(あの時は、理性が飛んだ……)
ソファに座り膝に肘をつき、手で口元を覆い、表情を隠すような姿勢の煌輝。
煌輝(昨日は告白だけするつもりだったのに……)
〇(再び回想)遊園地(昨日、キスの少し前)
観覧車内で向かい合って座る青奈と煌輝。
青奈「ちょ、頂上でキスしてもらえませんかっ?」
声を震わせた青奈が、勇気を振り絞って煌輝に懇願している。
(回想終了)
〇再び大堂青奈の家・一階リビング(日曜日午前)
煌輝は俯いたまま目を閉じ、額を手で押さえる。
煌輝(一度は思いとどまろうとしたけど、青奈が可愛すぎて止まれなかった)
はぁ、と煌輝は小さくため息をつく。
煌輝(不意打ちのようなキスをして、嫌われただろうか……)
すぐ隣にあるキッチンへ移動して、まな板と包丁を用意する煌輝。
煌輝(俺、他の事なら冷静でいられるのに)
キュウリを手にして、斜めに切っていく。
煌輝(青奈に関する事だと、歯止めが効かない)
食パンで卵サンドを作り、包丁で三角形に切る。
煌輝(事前に告白するからって伝えておいたけど)
〇(回想)大堂青奈の家・二階青奈の部屋(先日の月曜日)
うしろから青奈を抱きしめ、首元で囁くように煌輝が話している。
煌輝「今度の遊園地は告白のための、デート」
青奈「で、でぇと!?」
煌輝「俺はそのつもりだから」
(回想終了)
〇再び大堂青奈の家・一階キッチン(日曜日午前)
煌輝(昨日の俺の告白、青奈はどう思っているんだろう)
できあがったサンドイッチをお皿に並べながら、考え込む煌輝。
〇大堂青奈の家・二階青奈の部屋(日曜日午前)
青奈の部屋のドアを開け、煌輝が声をかける。
煌輝「青奈、朝から何も食べてないだろ。サンドイッチ作ったから下で食べよう」
青奈「ぁ、ありがとう」
頬を赤く染めながら一度だけ煌輝の方を振り返ってお礼を言った青奈は、すぐに机の方を向き漫画の続きを描き始めた。
青奈「いま作業中だから、あとで食べるね」
青奈が座る椅子の背に手を置き、もう一方の手を机の端につく煌輝。
煌輝「俺も何か手伝うよ」
青奈「ぇ、いいよ、ひとりで大丈夫ッ」
慌てた様子で青奈は机の上に置かれていた原稿を手で隠そうとする。
でも煌輝には、お化け屋敷で告白しているシーンと、観覧車でキスしているシーンの原稿が見えてしまった。
煌輝「あの、さ、青奈。観覧車での事だけど……」
青奈「か、観覧車での事なら気にしないでっ」
煌輝と目を合わせようとしない青奈。
そんな青奈の事を、煌輝は怪訝そうに見つめている。
煌輝「ぇ……?」
青奈「勘違いなんてしないから」
煌輝「勘違い?」
青奈「私の漫画のために協力してくれただけだってわかってる」
煌輝「協力……」
ふたりの間に沈黙が流れた。
青奈(な、なにか話さないと)
机の上に置いてあったキャラメルの箱が青奈の視界に入る。
スライド式の箱を開け自分の分を一つ取った青奈は、煌輝の方へキャラメルの箱を差し出した。
青奈「こ、煌輝くん、キャラメル食べる?」
少し悲し気な表情の煌輝。
煌輝「ん……、今は、いいや」
青奈「そっか……」
机の上に戻されたキャラメルの箱。
パッケージには『ストロベリーチョコ味』の文字が見える。
手にしたキャラメルの包みを開け始める青奈。
煌輝「ストロベリーチョコ味のキャラメルなんて珍しいね」
個包装を開けたキャラメルを指で持ったまま、青奈が答える。
青奈「この前、亮悟くんに貰ったの」
ピシッと氷にひびが入ったような音がして、煌輝の動きが止まった。
青奈「甘いもの苦手なのに、レジ横で見かけるとつい買っちゃうんだって」
煌輝「ふーん、甘いのが苦手なのに、つい、ねぇ……」
青奈(ん? 煌輝くんの声、いつもより低い?)
煌輝「青奈、お菓子を食べるのは俺の前だけにしておいた方がいいよ」
笑顔の煌輝だけれど、背後には黒いオーラが漂っている。
青奈「ぇ、どうして?」
煌輝「甘いもの食べてる時、無防備で蕩けそうな顔してるから」
青奈「へ?」
煌輝「自覚ないかもしれないけど」
青奈(それって、だらしなく緩んだ顔してるって事、かな……?)
青奈がキャラメルを持っている方の手首を煌輝が掴んだ。
驚いた青奈は目を見開いて煌輝を見つめている。
青奈「煌輝くん?」
熱を帯びた視線で青奈を見つめる煌輝。
煌輝「俺、本気だから」
青奈「ぇ……」
煌輝「昨日の告白」
青奈「ぇ、ぇ、ぇ……?」
煌輝は青奈の手の方へグッと顔を寄せていく。
煌輝「やっぱりキャラメルちょうだい」
青奈「ッ!?」
煌輝は青奈の手首を掴んだまま、青奈が指先でつまんでいたキャラメルを指ごとパクリと咥えた。
青奈「ひゃぅ!?」
煌輝が少しだけ舌を出して青奈の指をしゃぶっている。
ゾクッと青奈の身体に震えが走った。
指を舐められている青奈の顔は真っ赤。
心臓もドキドキと拍動が凄い。
突然、ガチャ、と階下で玄関のドアの開く音が聞こえた。
ミサエ「ただいまー」
青奈(ど、どうしよう……っ)
ゆっくりと煌輝の唇が青奈の指から離れていく。
煌輝は色気を漂わせた表情で青奈の事をまっすぐ見つめた。
煌輝「告白の返事はゆっくりでいいから、考えておいて」
青奈(返事って……どうしたらいいの……)
青奈は眉根を寄せ、悩む事しかできない。
〇大堂青奈の家・一階リビング(日曜日午前)
リビングのドアを開けた煌輝が、部屋の中で立っているミサエに話しかける。
煌輝「ミサエさん、おかえりなさい」
ミサエ「ぁ、煌輝くん。ただいま」
外が暑かったため、ミサエはハンカチで額の汗を拭いていた。
煌輝「何か飲みます?麦茶でいいですか?」
ミサエ「いいのいいの、煌輝くん、ゆっくりしてて」
煌輝「ちょうど俺も飲もうと思っていたところなんです」
ふふ、とミサエが小さく笑う。
ミサエ「ありがとう。それなら甘えちゃおうかしら」
ダイニングテーブルの椅子に座るミサエの前に、どうぞ、と言いながら麦茶を置く煌輝。
ミサエ「煌輝くんて……」
ダイニングテーブルを挟んで向かいの椅子に座る煌輝の事を、感慨深げに見つめるミサエ。
ミサエ「この二年で、ますます素敵になったわねぇ」
煌輝「そうですか?自分ではよく分からないですけど」
僅かに照れた様子を見せる煌輝の姿を、ミサエは優しく眺めて目を細めた。
ミサエ「青奈も驚いたでしょうね、二年前に会った男の子が同級生になったと思ったらすぐ義弟になるなんて」
煌輝「二年前に会ってる事、青奈さんは気付いてないよ。俺、あの時ピエロの格好してたから」
ミサエ「アハハ、そうだったわね。私がピエロの格好にさせたんだった」
煌輝「懐かしいな……」
大切な宝物を慈しむような表情をする煌輝。
〇(回想)ミサエが勤務している病院内にある広めの個室(二年前)
室内にあるベッドで、美しいが厳しそうな雰囲気を持つ煌輝の祖母が横になっていた。
ベッドの近くでは、煌輝の親戚でもある恰幅の良い中年の男性が立っている。
親戚の男性「煌輝君、勉強はしているのか? 何もしなくても華門寺グループを継げるからって遊んでばかりいたら駄目だぞ」
煌輝(ああ、まただ……)
煌輝は、顔にはりついたような微笑みを浮かべている。
煌輝(でも、今日は親戚の人数が少ないからマシな方か)
樹「煌輝はよく頑張っているよ。学校のこと以外にも、料理や掃除とか家の事までしてくれているし」
煌輝の父親である樹が、困ったように笑いながら助け舟を出す。
親戚の男性は鼻で笑った。
親戚の男性「料理や掃除なんてできても、華門寺グループの後継者としては何の役にも立たないだろう? そんな事に時間を使うなんてもったいない」
煌輝(そんな事……か)
親戚の男性「先日のテストで煌輝君は成績が全国十位に落ちたらしいね。自分が恵まれて幸せな環境にいる事に胡坐をかいているんじゃないか?」
煌輝(恵まれて幸せ……ね)
表面上穏やかな笑みを浮かべている煌輝だけれど、心の中ではうんざりしていた。
ミサエ「華門寺さん、今日は中庭で子ども向けのイベントをやってるんですよ」
煌輝の祖母のベッドで背もたれの角度を調整し終えた女性の看護師が、祖母に話しかけている。
看護師はショートヘアで快活な雰囲気。
胸に『大堂ミサエ』のネームプレートをつけている。
ミサエ「よかったらお孫さんも、そちらの方へ行ってみたらどうですか?」
明るい笑顔のミサエが、煌輝の方へ視線を向けた。
煌輝の祖母「ふん、年寄りの相手はつまらないだろうって言いたいのかい?」
厳しい祖母の口調に、煌輝は内心ハラハラしてしまう。
ミサエ「そういう事が言えるのはまだまだ若い証拠ですよ」
ミサエは煌輝の祖母の悪態をサラリと受け流す。
煌輝はそんなミサエを見て、少し驚いていた。
煌輝(母さんも、この人みたいにサバサバした性格だったら、父さんと離婚しなかったのかな……)
(父は仕事でフランスへ行った時に母と出会い、周囲の反対を押し切って結婚した)
(母はすぐに俺を身籠り日本で出産したけれど、俺が一歳の誕生日を迎える前にひとりでフランスへ戻ったと聞いている)
ミサエ「それじゃお孫さん、お借りしますね」
煌輝を連れてミサエは病室を出ていった。
ミサエ「はーい、これ着て。これつけて」
煌輝に派手なピエロの衣装を着せ、カラフルなアフロのウィッグ、大きな赤い鼻とユニークな形の眉がついたメガネを煌輝につけていくミサエ。
ふたりは病院の中庭へ行く。
煌輝が周りを見渡すと、バルーンアートや人形劇、ジャグリングなどが行われていた。
ミサエ「自由に見て回っていいからね」
煌輝「自由に……って言われても」
少し困っている様子の煌輝。
ミサエ「それじゃ時々あの看板を持って、歩いてもらうのお願いしてもいいかな」
ミサエが指差した先にあったのは『イベントは5じまでです』と書かれたプラカード。
煌輝「わかりました」
続いてミサエは、少し離れた所に座っている青奈の事を手で示した。
ミサエ「あそこに座ってるのが娘の青奈。困った事があったら青奈に聞いて」
青奈は分厚いレンズの眼鏡をかけ、ピエロの衣装は着ているがアフロはつけておらずキッチリと三つ編みをしている。
ミサエ「今日はボランティアで、入院してる子の似顔絵を描いているの」
煌輝(あの眼鏡、絵を描くのにかえって邪魔じゃないのかな)
煌輝が心配するのも無理もないくらい、青奈の眼鏡のレンズは分厚い。
ミサエ「いつも頑張っているんでしょう?」
煌輝「ぇ?」
ミサエの意外な言葉に、少し目を見開く煌輝。
ミサエ「たまには何もしない時間を楽しむ事も必要よ」
ミサエが煌輝に優しく包み込むような笑顔を向ける。
ミサエ「私はまだ仕事があるから行くわね。またあとで迎えにくるわ」
ひとりになった煌輝はプラカードを持って、何とはなしに青奈の方へ近づいていった。
なんとなく目を向けた机の上には『きゅうけいちゅう』の掲示が。
煌輝(休憩中なのに、絵を描いてる……)
分厚いレンズの眼鏡で目の表情は分からなかったが、青奈の口元は嬉しそうに弧を描いていた。
煌輝(幸せそうだな……)
青奈を見ていた煌輝の頭に、祖母の病室で親戚の男性から言われたセリフが響いてきた。
――何の役にも立たないだろう? そんな事に時間を使うなんてもったいない
煌輝(……ッ!)
なぜか突然、煌輝は胸に痛みを覚え息苦しさを感じた。
苦しくて、苦しくて。
そのせいか少しだけ、煌輝の心の中にどす黒い意地悪な気持ちが湧いてきてしまう。
煌輝は挑発するような口調で、青奈に話しかけた。
煌輝「どうして絵なんか描いてるの」
青奈「??」
突然話しかけられて、絵を描く手を止めた青奈はキョトンとした表情で煌輝の事を見つめている。
煌輝「将来何の役にも立たない事に時間を使うなんて、もったいないと思わないのか?」
青奈「思わないよ。楽しいから」
煌輝(思わない……?)
青奈は口元に穏やかな笑みを浮かべている。
一瞬だけ虚を突かれたような表情をした煌輝だが、すぐに気を取り直して鼻先で笑った。
煌輝「はっ、楽しいからって……いいよなぁ、勉強しなくていい人は」
煌輝(ぁぁ……嫌な奴だな、俺)
花「ピエロさんしらないの?あおなおねえちゃん、みんなにおしえるためにたくさんべんきょうしてるんだよ」
煌輝「ぇ?」
青奈「ぁ、花ちゃん」
いつの間にか、煌輝と青奈のそばに小学生低学年くらいの女の子が立っていた。
花「すっごくあたまいいんだよ。じゅくいってないのにこのまえのぜんこくもしで9いだったっておいしゃさんがいってた」
煌輝「塾に行ってない……?」
煌輝(それでその成績って、どんだけ努力してんだよ)
青奈「花ちゃん、似顔絵描こうか?」
花「うん、かいてかいて~」
青奈「ピエロさんも、よかったら椅子どうぞ」
青奈と花は、少し距離をあけて置かれた椅子に向かい合って座る。
幸せそうな表情で似顔絵を描き始める青奈と、嬉しそうな花。
煌輝は青奈の隣に用意された椅子にプラカードを持ったまま座った。
青奈が似顔絵を花に渡す。
花は満面の笑顔。
花「ありがとう、あおなおねえちゃん」
手を振る花に、手を振り返す青奈。
ポツリと煌輝が呟く。
煌輝「俺の友人の話なんだけど……」
青奈の方を見ないで話し始めた煌輝の横顔へ、青奈は視線を向けた。