〇遊園地(土曜日昼間)



遊園地へ入園して、園内を眺める青奈が分厚いレンズの眼鏡の奥で目をキラキラ輝かせている。



青奈(すごい、まるでおもちゃ箱の中に入ったみたい!)



青奈「私、遊園地に来たの初めて!」

煌輝「ぇ、そうなの?」

青奈「煌輝くん、今日は付き合ってくれてありがとう」

煌輝「俺が来たかったんだから、気にしないで」

青奈「でも私がここへ来る時間を作れるように今週ずっと家事全部してくれて、勉強も教えてくれたし、感謝の気持ちでいっぱいだよ」



煌輝の手を青奈が両手でギュッと握る。

分厚いレンズの眼鏡をかけていても分かるくらい、青奈は満面の笑顔。



青奈「本当にありがとう」



青奈の笑顔を見た煌輝が嬉しそうに微笑む。



煌輝「青奈が喜んでくれて、よかった」



ジェットコースターや上から勢いよく一気に落下する乗り物など、しばらく絶叫系の乗り物を楽しむふたり。



青奈「ドキドキしたー!」

煌輝「青奈は絶叫系の乗り物平気なんだね」

青奈「うん、楽しかったー!」



ふと青奈は視界の端に入った、トイレの表示に気付く。



青奈(そろそろトイレ、行きたい……)



トイレの建物に視線を向けると、男子トイレは空いているが女子トイレには長蛇の列が。



青奈(並んでる。ど、どうしよう)



トイレをジッと見つめ、悩む青奈。



青奈(煌輝くんを待たせちゃ悪いし、我慢すべき?)



青奈の悩む表情を見た煌輝は、青奈の視線の先を辿りピンときた様子。



煌輝「青奈」

青奈「ふぇッ、なに!?」



トイレの建物から少し離れた所にある、チュロスの屋台を煌輝が指差した。

屋台には列ができている。



煌輝「俺、少し小腹空いた。チュロス買ってくるから、その間にお手洗いでも行ってくれば」

青奈「お腹空いたの? わかった」



ホッとしながら、青奈はトイレの列に並ぶ。



青奈(よかった~)





ハンカチで手を拭きながらトイレから出てくる青奈。

青奈がふと見ると、チュロスを二本持った煌輝が華やかな女性たちに囲まれていた。



煌輝「青奈」



青奈の姿に気付き、嬉しそうな笑顔になる煌輝。

そしてすぐに煌輝は自分を囲んでいた女性たちへ軽く頭を下げると、青奈の方へ駆け寄ってきた。

残された女性たちの方から、「ぇ、うそ」、「あれ彼女?」という声が青奈の耳に聞こえてくる。

女性たちは蔑むような視線を青奈へ向けた。



女性1『えー、でもデートであんな格好とか、ありえないでしょ』

女性2『いえる。変な眼鏡してジーンズに無地Tシャツって、なにあれ』

女性3『あんなのが彼女なら、実は男の方も訳ありなんじゃないの』



いたたまれない思いになった青奈は、ハンカチを持った手をギュッと握りしめ唇を噛んで俯く。



青奈(どうしよう私がこんな見た目だから、煌輝くんにまで恥ずかしい思いをさせちゃう……)



青奈「ご、ごめんね、煌輝くん」

煌輝「ん、どうした?」

青奈「もっと可愛い格好してくればよかったね、私」

煌輝「どうして?」



なぜ青奈がそんな事を言うのか心底わからないといった様子で、青奈の顔を覗き込む煌輝。



青奈「ワンピースとか着た方が、男の子は嬉しいでしょう?」

煌輝「ぇ、そんなの外で着られたら、心配なんだけど」

青奈「心配?」

煌輝「そう、青奈がワンピース着たら可愛すぎるだろ?」

青奈「へ?」



青奈(こ、これって煌輝くんなりの、冗談……?)



そう考えた青奈だったが煌輝の真剣な表情を見て、冗談ではなさそうだと感じる。



青奈(真面目に言ってそう)



青奈は小さく首を傾げた。



青奈(もしかして、これも漫画の協力でキャラ設定してくれてるのかな……)

煌輝(この仕草も可愛い……)



煌輝「そういえばチュロスにしちゃったけど、青奈は甘いの大丈夫だった?」

青奈「甘いの、大好きだよ」



すると突然煌輝が、チュロスを持ったままその場でしゃがみ込んだ。



青奈「こ、煌輝くんっ!?」



顔を伏せていて青奈からは見えないが、煌輝の顔は真っ赤。



煌輝(大好きだよ、って……録音しておきたかった)



すぐ近くにあるベンチを指差す青奈。



青奈「立ちくらみかな、そこに座ろ?」



二人で並んでベンチに座る。



煌輝「大堂家の苺ジャムは甘さ控えめだけど、青奈は甘い物も好きなんだね」

青奈「高校合格のご褒美で買って以来、お菓子の魅力を知ってしまって……」

煌輝「そうなんだ、これはアップルシナモン味だって。どうぞ」

青奈「ぇ、ぁ、はい……」



煌輝がチュロスの先端を向けてきたので、青奈は咄嗟に口を開けてパクリと食べる。



青奈(美味しい……ッ)

煌輝(可愛い……ッ!)



心の中でそれぞれ感動する二人。



煌輝「こっちはチョコレート味。はい、アーンして」

青奈「ん、あーん……」



青奈(こっちも美味しい……ッ、ぁ、でもっ)



青奈「ごめんね煌輝くん、私、両方食べちゃった」

煌輝「別にいいよ」



何も気にする様子もなく、煌輝はチュロスを一口食べた。



青奈(こ、これって、間接キスじゃ……!?)



煌輝「ん」



再びチュロスを差し出され、思わずパクリと食べる青奈。



青奈(煌輝くんは何とも思って無さそう。気にしたりすると、自意識過剰かな??)



しばらく二人はもぐもぐとチュロスを食べる。



青奈(んー、やっぱり美味しいッ)



幸せそうな表情をする青奈。

そんな青奈を見て、煌輝は愛おしそうに目を細めた。



煌輝「甘い物を食べてる時の青奈って、可愛いね」

青奈「ぇ!?」



青奈は、ごくッと口の中の物を飲み込み少しむせる。



青奈「そ、それ、この前亮悟くんにも言われた」

煌輝「ぇ……?」

青奈「なんだろうね、リスが頬袋を膨らませてるみたいな食べ方でもしてるのかな、私」



再び目の前に出されたチュロスを咥える青奈。

煌輝は心ここにあらずといった感じでチュロスを掴む手に力が入っていない。

そのため青奈の口へ入れた後、煌輝の手にはチュロスを包んでいた紙だけが残っていた。

青奈は口に入りきらなかったチュロスを10センチくらい口の外に残して咥えた状態に。



青奈(煌輝くん……?)



チュロスを咥えたまま青奈は煌輝を見つめ、不思議そうに首を傾げる。



煌輝「そんな顔、他の男に見せちゃダメだよ」



煌輝は青奈の頬へ手を添えると、まるで口付けをするかのように顔を近付けチュロスをガブッと噛んだ。



青奈(ぇ、ぇ、ぇ……?)



煌輝「歩こうか?」



青奈の手を握り、煌輝が立ち上がった。

煌輝の表情は、青奈からは見えない。



青奈「ぇ、ぁ、うん」

煌輝「どうする、そろそろお化け屋敷に行ってみる?」

青奈「お、お化け屋敷!?」

煌輝「漫画のシーンで描くんだろ、お化け屋敷?」

青奈「ぁ……」



青奈(そうだった、今回の遊園地へ来た目的はそれだった。でも……)



青奈の顔が、少し青褪める。



青奈(暗い所が苦手なのに、私、大丈夫かな……)



煌輝「行こう」



煌輝から優しい笑みを向けられ、きゅッと手を握られた青奈。



青奈「うん」



青奈(わざわざ私に付き合ってくれている煌輝くんに、今さらそんな事言って迷惑かけられない)



お化け屋敷の前に行くと、五歳くらいの男の子が親と手をつないで出てくるところだった。



男の子「ぜんぜんこわくなかったー!」



青奈(あんなに小さい子が平気なくらいだから、私だって大丈夫だよ、ね……?)



お化け屋敷は混んでいて、一時間待ちの案内。



青奈「煌輝くん、混んでるから入るのやめる?」



青奈(往生際が悪いかもしれないけど、ここならまだ引き返せる)



煌輝「んー、でもあとは観覧車以外、乗りたいの全部乗っちゃったよね。観覧車はもっと暗くなってから乗りたいし……。一時間待ちなら、ちょうどいいくらいだよ、行こ?」

青奈「ぅ、ん……そうだね。行こっか……」



青奈(暗くても大丈夫かな、私)



二人が並んだすぐ前に並んでいたのは、中学生くらいの男の子で四人組。

誰が一番怖がるか、の話で盛り上がっていて、かなり賑やかで元気な様子。



青奈(元気だな……)



その男の子たちを見て、青奈はハッと気が付いた。



青奈(そうだ、前の人となるべくくっついて入っていけばいいんだ。人がそばにたくさんいれば、きっと怖くない)



煌輝「青奈」



突然話しかけられて、青奈の身体がビクッと揺れる。



青奈「ぇ、なに、煌輝くん」

煌輝「遊園地に来たのが初めてって言ってたけど、もしかしてお化け屋敷も初めて?」

青奈「そう、今回が初めて。煌輝くんは?」

煌輝「俺は中学以来」

青奈「誰と行ったの?」



青奈(彼女とかな、中学の時も煌輝くんモテただろうな……)



煌輝「男四人で、あと、男女八人のグループで行ったこともある」

青奈「そうなんだ……」



青奈(女の子と二人きりでは、来たこと無いのかな?)



青奈「その時のお化け屋敷は、どうだった?」

煌輝「八人で行ったのが偶然その前に男四人で行った遊園地と同じでさ、お化け屋敷に入った時に俺は来た事があったからそろそろお化け出るよって全部解説しちゃって凄い怒られた」



煌輝が笑ったので、青奈もつられて笑う。



青奈「ふふ、そうなんだ」



順番が来て、入り口にいる係の人から、木のお札を一枚渡される。

お札は煌輝が受け取った。



係員「ゴールの少し手前にお社があるので、そこへお札を届けてください。そうすると最後の扉が開きます」



青奈(早く男の子たちに追いつかないと。よし、行こう)



係員「前の人と間隔を空けてご案内しますね。こちらでもう少々お待ちください」



青奈(ええええええ!?)



心の中で絶叫してしまう青奈。




青奈(そんな気遣いしなくていいのに!)




係員「お待たせしました、どうぞ~」



ギギギ……と木の扉を開けて、中へ入る煌輝と青奈。

目の前に『順路⇒』と書かれた表示が見える。

数歩進むとまた扉があったので、煌輝が開けた。

奥は、真っ暗。



青奈(これ……進んだら、絶対何か出てくるやつ)



青奈は無意識に、煌輝の腕をギュッと掴んでいた。

そんな青奈の様子に気付いた煌輝の表情が、ん?、と小さく動く。



青奈(怖い、怖い、怖い……、でも、行かないと)



頭では前に行かなきゃと分かっているのに、青奈の足は震えてしまってどうしても足が進まない。

青奈の目に、涙が滲んでくる。



青奈(怖いよぅ……)



煌輝「……青奈」

青奈「ぇ、な、なに煌輝くんっ」

煌輝「俺、怖くなっちゃった。リタイアしても、いい?」

青奈「ぇ……」



青奈(煌輝くんも、怖いの??)



青奈「ぃ、ぃぃょ」

煌輝「よかった」



暗闇の中、煌輝はグッと青奈の肩を抱き寄せた。



青奈(ぁ、なんか安心する……)



煌輝「リタイア用の出口より、入り口の方が近いかも」



数歩戻り、入り口のドアを煌輝が開けて二人は外へ出た。



煌輝「すみません、怖くなっちゃったんで俺リタイアします」

係員「ぁ、はい。それじゃ、お札はこちらで回収しますね~」



リタイアの人もたまにいるのだろう、係の人の対応はあっさりしている。

でも並んでいる人は何人かふたりに注目していた。

煌輝が係の人へお札を返した直後、女性グループの方から聞こえてきた囁き声。



女性4『怖くてリタイヤだって~』

女性5『カッコイイのにダサ、残念系?』

女性6『ぷぷ、やだぁ、弱い男』



青奈はキッと声のする方を睨みつける。



青奈(煌輝くんにだって苦手な事はあるよ残念な男なんかじゃない!)



お化け屋敷のすぐ前にあったベンチに、煌輝と青奈は二人で並んで座った。

煌輝は、ぎゅッと青奈の手を握っている。



青奈(こんな風に強く手を握るなんて、煌輝くんそんなに怖かったのかな……)



ホッと安心したように青奈は小さく息を吐いた。



青奈(手をつないでいると安心する……)



青奈がそんな事を考えていると、先ほどのお化け屋敷で前に並んでいた中学生くらいの男の子たちが四人、お化け屋敷から出てきた。
 
かなり元気な様子で、大きな声でじゃれあっている。



男子中学生1「お前がネタバレすっから全然怖くなかったじゃねぇかよ~!」

男子中学生2「ぅそだね、ちょっとびびってただろ!」



そんな会話が聞こえてきて青奈はハッとした。



青奈(中学生の時にお化け屋敷で全部解説できちゃうくらい冷静だった煌輝くん。お化け屋敷が怖いはず、無い)



青奈は隣に座る煌輝の横顔を見つめる。



青奈(煌輝くん、私のためにリタイアしてくれたんだ――)



ドキン、と青奈の胸が鳴った。



青奈(ぁ、あれ……?)



青奈の頭の中で、煌輝のエプロン姿、上半身裸の姿、煌輝のパジャマ姿が次々に思い出されていく。



青奈(どうしよう、義弟なのに……)



煌輝と繋いでいる方と反対の手を自分の胸にそっと当てる青奈。



青奈(私、煌輝くんの事が好きだ……)



ふたりが並んで座っているうちに、日が落ちていく。



煌輝「ミサエさんは今日夜勤だから、少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫だよね」

青奈「ぇ、うん……」

煌輝「観覧車に乗ってから帰ろう。夜景が綺麗に見えるらしいよ」



ふたりは手をつないだまま、観覧車へ向かって歩いていく。





〇遊園地観覧車(同日夜)



観覧車の中で、青奈と煌輝が向かい合って座っている。

青奈が煌輝の方をチラリと見たら、煌輝から微笑みを返された。

ボンッと青奈の頬が赤くなる。



青奈(隣同士じゃなくてよかった。ドキドキが凄い。観覧車の中、狭いから正面でも心臓がもたないよ)



煌輝「観覧車のシーンは漫画に出てこないの?」

青奈「ぇ、で、出てくるよ」

煌輝「へぇ、どんな場面?」

青奈「王道だけど……その観覧車の頂上でキスすると永遠に別れないっていうジンクスがあって、お化け屋敷で告白した後に乗るの」

煌輝「そういえば告白って、セリフはどんな感じ?」

青奈「す、ストレートに、好きだって、言うの」



青奈に聞こえないくらい小さな声で「青奈はそういうのが、いいのかな……」と煌輝がボソッと呟いた。



青奈(観覧車の頂上で、キス……)



青奈はチラリと目線を上げて煌輝の唇を見る。



青奈(好きな人と、してみたい……)



不意に、『それなら実際に経験してみれば?』と言って煌輝にうしろから抱き締められた時の事を思い出す青奈。



青奈「こ、煌輝、くん……ッ」

煌輝「ん?」

青奈「私、したことないから、漫画の参考に……」

煌輝「漫画の参考に?」

青奈「ちょ、頂上でキスしてもらえませんかっ?」



ふたりの間に沈黙が落ちる。

煌輝が、ぁ、と何かを閃いたような表情をした。



煌輝「頂上でキスの話で思い出した」

青奈「ぇ、な、何を??」

煌輝「中学の時に男四人で観覧車に乗って、そうしたら隣の観覧車に乗っていたカップルが頂上でキスしてさ。俺と一緒に乗ってた友達のうちの一人が、キスしてるぞーって凄い騒いでた。カップルの方は頂上だから周りから見えないって思ってたのかもしれないけど、上半身は隣からけっこう見えるんだよ」

青奈「そ、そっか、そぅなんだ……」

煌輝「万が一知り合いに見られたら、青奈が困るだろ?」

青奈「……そうだね」



青奈(すごいな煌輝くん、私が恥をかかないような感じで断ってくれた)



青奈は、ふぅ、と小さくため息をついて外の景色を眺める。

すぐ下に広がる遊園地のイルミネーションと遠くに見えるビルの夜景。



青奈(凄く、綺麗。ぁ、もうすぐ頂上かな……)



突然煌輝が、足元にしゃがみ込む感じで上半身をかがめた。



煌輝「ごめん青奈、俺、スマホ落としちゃった。青奈の足元にあるかも、探せる?」

青奈「うん、いいよ」



夜景がよく見えるように、観覧車の中は暗くなっている。

そのうえ観覧車の下半分は透明じゃないから、足元はさらに暗い。

超近眼の青奈は、眼鏡をかけていてもよく見えない。



青奈(どこかな、到着するまでに見つけないと)



青奈は座席よりも頭を低くして、煌輝のスマホを探す。




煌輝「青奈、好きだよ」

青奈「っ!?」



クイッと顔だけ向きを変えられ青奈の唇に、ちゅッと柔らかいものが触れた。



青奈(あれ、煌輝くんにキスされてる――?)



ふたりの唇が離れ、煌輝が上体を起こした。

でも青奈は頭を低くしたまま、まだ動けない。



煌輝「ぁ、よかった。青奈、ちょうどさっきのタイミングで頂上だったよ」



放心していた青奈も、ようやく頭を上げる事ができた。



青奈「煌輝くんさっき、周りから見えるって言ってたのに……」

煌輝「頭の位置がかなり低かったから、さすがに見えないよ」

青奈「こ、煌輝くん……もしかして漫画の参考資料になろうと思って、気を遣っちゃった……?」

煌輝「違うよ、俺がしたくて、した」



青奈(ぇ、本当?それとも優しい嘘?学校の勉強と違って、正解が分からない)



煌輝は青奈に甘い微笑みを向けている。



青奈(煌輝くんの行動は、漫画のための協力ですか――?)