〇鈴蘭坂学園高等部・特別クラスの教室(昼休み)



青褪めた表情をした青奈が一番前の席に座っている。



青奈(ど、どうしよう……)



同じ教室内、一番後ろの席では煌輝が多くの生徒に囲まれていた。



男子生徒1「珍しいな、煌輝がお弁当なんて」

女生徒1「すっごい美味しそう! え、もしかして彼女が作ったとか!?」

女生徒2「やだぁ、そんなの許せない。違うと言って煌輝くん!」



青奈は自分の机の上に置いてあるまだ開けていないお弁当(←煌輝の手作り。煌輝のお弁当と中身が同じ)を前に固まっている。



青奈(こんな状況で、華門寺くんが作ってくれたお弁当を開けるなんてできない!)





〇校舎と校庭の間、花壇のそばにあるベンチ(昼休み)



ひとりでベンチに座る青奈が、煌輝の手作り弁当を開けて感動している。



青奈(ぅわぁ、卵焼きがハートの形になってる、可愛い……)



青奈「いただきます」



手を合わせた後、お弁当を食べる青奈。



青奈(この卵焼きの甘さ、ちょうど良くて好き。唐揚げも、私が好きな味)



青奈の頭の中に、「大堂さんの好きな唐揚げも入れるよ」と言いながらエプロン姿で揚げ物をしていた今朝の煌輝の事が思い浮かぶ。



青奈(彩りもきれいで愛妻弁当って感じ。尊すぎる)



二個目の唐揚げをお箸で摘まみ、目線まで上げてしげしげと眺める青奈。



青奈「どうしたらこんな風に美味しく作れるんだろう……ひゃ!?」



突然目の前で、パクッと誰かに食べられ唐揚げが消えた。



青奈(わ、私の唐揚げがぁ……)



青奈が目線を上げると、親指で唇を拭う短髪黒髪で逞しく凛々しい男子高校生の姿が。



青奈「亮悟くん……」



(スポーツ選抜クラスの橋原亮悟(はしはらりょうご)くん)

(水泳の選手で実力が飛び抜けていて、1年生だけどすでに世界大会で活躍している)

(華門寺くんとは違うタイプのイケメンで、力強く精悍な姿に憧れる女生徒からの人気が凄い)



亮悟「うめーな、この唐揚げ。弁当、アオが自分で作ってんのか?」

青奈「ち、違うよ。私、料理苦手だもん」

亮悟「そっか残念。今度作ってくれって言おうかと思ったのに」



亮悟は青奈の隣に座った。

青奈はお弁当を食べながら、隣に座った亮悟に話しかける。



青奈「亮悟くん、お昼は?」

亮悟「秒で食い終わった。俺のクラスは皆そんな感じ」

青奈「ふふ、そうなんだ。運動量が多いからお腹空くのかな」



小さく微笑む青奈の表情を、愛おしそうに眺める亮悟。

ふと亮悟は、青奈の横に置いてある小説『愛に溺れる』に気が付いた。



亮悟「アオも恋愛小説なんて読むんだな」

青奈「知ってるの? 郁丘乃愛の小説」

亮悟「普段本なんて読まねぇけど、映画化されるって話で有名だからな」

青奈「映画化されるのは2年前のデビュー作で『相合傘』の方だね。その本なら家にあるよ」

亮悟「そっか。よかったら今度貸してくれよ。アオが読んだ本、読んでみたい」

青奈「いいよ、今度持ってくるね」



青奈との約束で、満足そうに微笑む亮悟。



亮悟「そうそうこの前のテスト、アオの教え方がいいから赤点を免れたよ、サンキュ」

青奈「よかった。お礼を言ってもらえて嬉しい。ありがとう亮悟くん」



青奈にお礼を言われ、ドキッと亮悟の心臓が跳ねる。

照れ隠しをするように、ガシガシと自分の後頭部を掻く亮悟。



亮悟「特待生はスポーツ選抜クラスの補習授業で補助をしないとだから、大変だよなぁ」

青奈「自分の勉強にもなるし、私も助かってるよ」



特待生が返済不要の奨学金を受けるには、スポーツ選抜クラスの補習授業を手伝う必要がある。

時には個別で教える事もあるため、亮悟くんとは補習授業を通して仲良くなった。

私の数少ない友達の中でも特に少ない、異性の友人。



亮悟「……なぁ、夏休みになったら、息抜きでどっか遊びに行かねぇ?」

青奈「ん-、でもスポーツ選抜クラスは部活と補習授業で忙しいでしょう?」

亮悟「一日くらいいいだろ。俺、どっか行きてぇ。海……は臨海学校でいくから、祭りとか遊園地とか」



青奈(遊園地のシーンは漫画で描くから、行ってみたい……)



青奈「そうだね」

亮悟「よっしゃ、それじゃ連絡先交換しとこうぜ」

青奈「うん、いいよ」



スマホで連絡先の交換をするためにふたりの距離が近付く。

青奈のシャツのボタンはしっかりととまっているが、襟でギリギリ隠れるか隠れないかの所の肌が何箇所か赤くなっているのに亮悟が気付いた。



亮悟「あれ、アオ。首のところ赤くなってっぞ」

青奈「ぇ、ぁ、これ、ね」



首を手で押さえ赤くなる青奈。

そんな青奈を見て、心配になる亮悟。



亮悟「もしかして、それ……」



亮悟(キスマーク? 真面目そうなアオに?)



青奈「私も今朝気付いたの。もしかしたらダニとかかもしれない。シーツの洗濯サボってたから……」



ブハッと亮悟が吹き出して笑った。



亮悟「なんだよ、それ。ハハ、安心した」

青奈「??」青奈(ダニって安心?)

亮悟「ぁ、そうだ。唐揚げのお詫びにこれやるよ、キャラメル」



亮悟はポケットからキャラメルの箱を出すと、青奈へ渡した。



青奈「あ、ありがと……って、まだほとんど食べてなさそうだけどいいの?」

亮悟「コンビニでレジ横にあったからつい買っちまった。一個だけ食べたけど、やっぱ甘くて俺はダメだ」

青奈「レジ横にあると買いたくなっちゃうよね」



青奈(高校に合格した時に自分へのご褒美でチョコを買ったら美味しくて、それ以来時々お菓子を買って食べるようになっちゃった)



いただきます、と言いながら青奈は、さっそく一粒口へ放り込む。



青奈「美味しい~ッ」



青奈(甘いお菓子、最高!)



亮悟「甘いもの食べてる時のアオって、可愛いよな」

青奈「ぇ!?」



亮悟が発した『可愛い』という意外な言葉で、思わず昨晩煌輝から『俺のパジャマだとぶかぶかだね、可愛い』と言われた時のことを思い出す青奈。

煌輝の甘い笑顔と同時になぜか上半身裸の煌輝の姿まで頭に浮かび、火が点いたようにボンッと顔が熱くなる。



亮悟「なッ、そんな照れんなよ、俺まで恥ずかしくなるじゃねーか!」

青奈「ご、ごめんねっ」

亮悟「だー、謝る必要はない、俺こそ悪かった」



わしゃわしゃと亮悟に頭を撫でられる青奈。





〇鈴蘭坂学園高等部・特別クラスの教室(昼休み)



三階の窓から青奈と亮悟のふたりを見つめている煌輝。



男子生徒1「煌輝、なに見てんだよ」

煌輝「可愛い花が、誰かに摘まれないか心配で……」

男子生徒1「ん、花壇か? ああ、花咲いてんな」



そんな煌輝の事を、教室内にいるほとんどの女子が注目していた。



女生徒3「煌輝くん優しくて素敵……」

女生徒4「いいなぁ、私も花になりた~い」





〇大堂青奈の家・二階青奈の部屋(夜)



青奈(お母さんは一階で寝てるけど、華門寺くんが使っている部屋は二階だから……)



スマホを片手にベッドで横になり、耳にイヤホンをつける青奈。



青奈(うるさくしないようにイヤホンしないと)



女性が男性からバックハグされている動画を検索し、青奈は肘を立てたうつ伏せの姿勢でスマホの画面を見ている。



青奈(あれ、音が聞こえなくなった?)



イヤホンが外れたのかな、と思い青奈は、探すために上半身を起こす。

すると青奈のすぐそばで、煌輝の声が聞こえてきた。



煌輝「大堂さんって、こういう風にされたいの?」

青奈「ッ!?」



スウェット上下姿でベッドに座る青奈のすぐそばに、パジャマ姿の煌輝が座り一緒にスマホ画面を眺めていた。



青奈「か、華門寺くん、どうして、ここに……?」

煌輝「寝ようかと思って二階に来たら、電気がついてたから気になって」

青奈「わ、私、電気をつけて寝るのが好きだから……」



青奈(本当は暗いのが怖いからいつも明るくして寝てるけど、暗いのが怖いなんてこの年齢で恥ずかしくて言えない……)



煌輝「ノックはしたんだけどね」

青奈「そ、そう……」

煌輝「寝る前にこんな動画を見るくらい、うしろから抱きしめられたい願望があるの、大堂さん?」



青奈は慌ててブンブン首を横に振る。



青奈「ち、違うの。漫画で描きたいけど私、経験ないから、動画見て、勉強して、て」

煌輝「……それなら実際に経験してみれば?」

青奈「ひゃ!?」



煌輝はヒョイと青奈の身体を持ち上げると、自分の膝の上にのせて後ろから抱きしめた。



煌輝「写真とか動画で撮っておけば、後で見返せるよ」



青奈の手からスマホを奪うと、煌輝は片手で青奈を抱きしめたまま、もう一方の手を伸ばして二人の姿を自撮りして、青奈へスマホを返す。



煌輝「続きは大堂さんが撮って。漫画を描くための資料」

青奈「し、資料、ね。わかった……」



ふたりの姿が画面に入るように、青奈はスマホを持ったまま手を伸ばした。



煌輝「さっきの動画だと……」

青奈「ぇ?」

煌輝「こんな風にしてた」

青奈「っ!!」



煌輝は後ろから青奈の身体を抱きしめたまま、カプっと青奈の耳を甘噛みした。

耳朶をペロリと煌輝が舐めると、青奈の肩がビクリと揺れる。



煌輝「撮れた?」

青奈「と、撮れましたッ。ありがと、もう大丈夫!」

煌輝「もう少しこのままでいた方がいいよ。抱きしめられてる時の気持ちがよく分かるように」

青奈「そ、そう……?」



青奈(な、何か話さないと、ドキドキが聞かれちゃいそう)



青奈「ぁ、ぁの、今朝お弁当作りありがとう。すごく美味しかった」

煌輝「俺の方こそ、俺が勝手に作ったのに食べてくれてありがとう」



煌輝の頭の中に、昼休み亮悟に頭を撫でられていた青奈の映像が浮かぶ。



煌輝「……大堂さん、今日の昼休みに男子生徒と話してたよね、どういう関係?」

青奈「男子生徒……ぁ、亮悟くんの事かな?」

煌輝「亮悟くん……?」



珍しく眉を寄せ、訝しむような表情をする煌輝。



青奈「補習授業で仲良くなったの。スポーツ選抜クラスで一年生の橋原亮悟くん」

煌輝「知ってる。彼は有名だからね。大堂さんが下の名前で人を呼ぶなんて、ちょっと意外だなと思って」

青奈「スポーツ選抜クラスはみんな下の名前で呼び合ってるんだって。だからかな、亮悟くんは私の事もアオって呼んでる」

煌輝「ふーん……」



煌輝は後ろから青奈の腰にまわした腕に、きゅッと力を込めて強く抱き締めると耳元で囁いた。



煌輝「青奈」

青奈「ふぇ!?」

煌輝「俺たちも名前で呼び合おう?」



青奈(ぇ、なんで、ぁ、姉弟だから?)



煌輝「煌輝って呼んでみてよ、青奈」



青奈(名前呼び……、どうしてだろう、華門寺くんだとドキドキする)



青奈「こここここう、き、くん?」



ふるふる震えながら顔を真っ赤にして恥ずかしがる青奈。

そんな青奈の姿を見た煌輝は自分の胸にトスッとハートの矢が刺さったような感覚に陥った。

片手で青奈を抱きしめながら、もう片方の手で自分の額を押さえ俯き内心悶える。



煌輝(なんだろう、この可愛い生き物は)



青奈「あ、ありがとね。色々と大変参考になりました」



お礼を言いながら青奈が自分の腕の中から出ようと動いたので、煌輝はグッと青奈の身体を抱き寄せた。



煌輝「こうやって抱き締めるのって、漫画のどんなシーンで出てくるの?」

青奈「ゆ、遊園地のお化け屋敷の出口付近で、抱き締めて告白するの」

煌輝「それなら実際に男とふたりで遊園地に行ってみた方がいいと思うよ?」

青奈「実際に男の子と、ふたりで……?」



青奈(確かにその方が、具体的にイメージできるかも……)



煌輝「そう、身近にいて誘いやすい奴いるだろ?」



煌輝は安心させるような、優しい笑みを青奈に向ける。

そう言われて青奈は、亮悟から遊園地に誘われた昼休みの出来事を思い出した。



青奈「それなら亮悟くん、かな。遊園地に行きたいって言ってたし」



ピシッと凍ったように煌輝の笑顔が固まる。



青奈(あ、でも、そういえば夏休みにって言ってたっけ。それだと締め切りに間に合わない……)



煌輝「青奈、俺、遊園地の話してたら急に行きたくなってきた」

青奈「ぇ、そうなの?」

煌輝「うん、凄く行きたくなった」



青奈(漫画の締め切りを考えると……なるべく早く現場を見ておきたい)



青奈「それじゃ、今度の土曜か日曜に、行く?」

煌輝「行く。あー、よかった……」



煌輝は安心したようにホッと息を吐く。



青奈(そんなに遊園地に行きたかったのかな……?)



ぽすッと煌輝が青奈の肩に顔をうずめると、ドキン、と青奈の心臓が音を立てた。

うしろから青奈を抱きしめ肩に顔をうずめたまま、煌輝が話し始める。



煌輝「遊園地に行く時点では、漫画のヒロインとヒーローはどういう関係?」

青奈「クラスメイト、で……」

煌輝「ふぅん、クラスメイトなんだ。あとは?」



青奈(ぃ、息がかかって、くすぐったいよぅ……)



青奈「ぉ、お互いに好きなんだけど言えなくて、両片思いなの」

煌輝「それなら俺たちも、その設定で遊園地に行こ?」

青奈「クラスメイトで、両片思い?」

煌輝「そう。今度の遊園地は告白のための、デート」

青奈「で、でぇと!?」

煌輝「俺はそのつもりだから。わかった?」



青奈(そのつもり……ぁ、漫画の設定だから勘違いするなよって事か)



青奈「ゎ、わかった……」

煌輝「週末まで俺、全力で青奈のサポートするから」

青奈「ぁ、ありがとう、華門寺くん……」



煌輝が少しだけ顔を上げる。

ぴと、と煌輝の親指が青奈の唇に触れた。



煌輝「それまでに青奈は俺の事、名前呼びできるようにして」



真っ赤になった青奈は何も話せず、コクコクと頷く事しかできない。



青奈(どうしてこんなにドキドキするんだろう……)



煌輝に後ろから抱き締められながら顔を真っ赤にして考える青奈だが、その理由は分からなかった。