〇大堂青奈(だいどうあおな)の家・一階(七月上旬の日曜日、午後)



庶民的な二階建て住宅の玄関ベルが鳴る。

――ピンポーン――



青奈「はーい」



スリッパを履いて廊下を急ぎ足で歩く、分厚いレンズの眼鏡をかけた青奈の足音が響き、玄関のドアが開く音。

――パタパタパタパタ……ガチャッ――



(――自宅のドアを開けたら……)



煌輝「こんにちは。今日からお世話になります」



柔らかく微笑む華門寺煌輝(かもんじこうき)。

ふわッとしたアッシュグレーの髪に、格好いいとも可愛いとも言える目鼻立ち。

笑った顔は幼く見えるのに背が高くて程よく筋肉がついているし、なんといっても足が長い。



(ハイスペなクラスメイトが立っていました――)





〇(回想)一週間前・高級ホテル一階、見事な庭園を眺める事ができるレストラン内の窓際席



向かい合って座る二組の親子(大堂青奈と母・ミサエ、華門寺煌輝と父・樹(いつき))。



チラ、と華門寺親子を見つめる、分厚いレンズの眼鏡をかけキッチリと三つ編みした青奈。



青奈(まさかお母さんの再婚相手が……)



樹「華門寺樹です、こちらは息子の煌輝」



青奈(クラスメイトの父親だなんて――)



穏やかに微笑む華門寺親子と明るい表情の母・ミサエ。

彼らとは違って緊張した表情の青奈。



青奈(しかも華門寺くんのお父さんといったら、日本人なら誰でも知ってる大企業の社長)



樹「一緒に暮らすのは、まだ先でいいと思っているんだ。同居を開始する前にこんな感じで会うようにして、ゆっくり家族の関係を築いていこう」



青奈(よかった……すごく、優しい人だ……)



チラ、と隣に座る母ミサエの横顔を見る青奈。



青奈(小さな頃にお父さんが亡くなって、女手一つで私を育ててくれたお母さんには幸せになって欲しい……。優しそうな人だし、ふたりの結婚を応援しないと)



樹「他にも何か希望があれば言って欲しいな。再婚が青奈さんの負担にならないようにしたいから」



青奈(希望……特になぃ……、ぁ、ある!)



ばッと華門寺親子の方を向く青奈。



青奈「私たちが姉弟になった事を、学校では内緒にして欲しい……です」



(華門寺煌輝くんは全国模試1位、スポーツ万能、眉目秀麗なうえに、クラスの人気者)



青奈(そんな華門寺くんが私の義弟になったなんて知られたら、なんて言われるか……)



樹「ああ、ふたりは同じクラスだったね。わかった、そうしよう。煌輝も、それでいいね?」

煌輝「はい」



(私たちが通う高校のクラスは、大きく三種類に分かれる)

『裕福な家の子息令嬢が通う普通科。一学年に12クラスあって人数が多い』

『スポーツの才能に秀でた生徒が通うスポーツ選抜クラスが学年に5クラス』

『そして……華門寺くんと私が通う特別クラスが、学年に1クラス』



(『特別クラス』は学年に1クラスだけあり、超一流な家柄と財力を持つセレブの他に、優秀な成績をおさめる事で学費免除の資格と奨学金を得ている身分不問の特待生が在籍している)



青奈(三か月前、特待生枠で入学した私は華門寺くんとクラスメイトになったけど、彼と会話をした事はほとんどない)

(片手で数えられる人数の特待生は『特別クラス』の中で地味な存在。華やかな世界の端にいるモブキャラの如く最初の席替えで自然と前の方の席に……)



休み時間の教室の風景を思い浮かべる青奈。

青奈を含め真面目そうな見た目の男女が最前列で勉強、それに対して煌輝は一番後ろの席でたくさんの華やかな友人たちに囲まれている。



レストラン内で、食事をしているシーンに戻る。



青奈(お母さんが気兼ねなく結婚生活を送れるように、三年後高校卒業したら家を出て自立しよう……)



チラ、と煌輝を見つめる青奈。



青奈(義弟といっても、華門寺くんと関わる機会は無いかもしれないな……)

(回想終了)





〇大堂青奈(だいどうあおな)の家・一階リビング(冒頭シーン直前)



(……と、思っていたのに)



青奈「ぇ、お母さん、今なんて言ったの?」



ミサエ「樹さんが海外へ出張するから、今日から1か月煌輝くんをうちで預かる事になったって言ったのよ」



青奈「でも、まだ同居はしないって……」



ミサエ「急に出張が決まって非常事態だからねぇ。樹さんが海外にいる間だけ、お願い」



ショートヘアで快活な雰囲気のミサエが拝むような形で片手を顔へ寄せ、ごめん、と謝る感じのジェスチャーをする。



ミサエ「それじゃお母さん今日夜勤だから行くわ。夕食代ここに置いておくわね」



リビングにあるソファ前のローテーブルの上に、封筒を置くミサエ。



青奈「ぇ、ぇ、ぇ……」



――パタン――

狼狽える青奈を残して無情にもリビングのドアが閉まる。



青奈(ど、どうしよう……)



リビングをうろうろ歩きながら考える青奈。



青奈(ま、まぁ私は基本自分の部屋に引きこもってるし、シェアハウスみたいなものだと思えばいいのかなぁ……)



――ピンポーン――



青奈(ぁ、もうきたッ!?)

青奈「はーい」



リビングのソファに座る煌輝と、ローテーブルを挟んで向かい側に立つ青奈。



青奈「お母さん、夜勤に行ったから今いなくて……」

煌輝「ああ、ミサエさんは看護師だよね。患者にとってかけがえのない存在で、尊敬してしまうな」



青奈(そんな風に言ってくれるなんて、華門寺くんって、いい人だなぁ……)



名前の通りきらきらと美しく輝いて、神々しいくらいの煌輝の笑顔。



青奈(え、笑顔が、眩しい……っ)



眩しさに目がくらみながら、ローテーブルの上の封筒を指差す青奈。



青奈「そ、それ。お母さんが置いていってくれた夕食代」



緊張で汗をかきながら、青奈は煌輝に説明する。



青奈「ご飯は各自で食べよう? 私、やる事あるから自分の部屋に行くね。何かあったら声かけて」

煌輝「うん、わかった。大堂さん、改めてよろしくね」



爽やかに微笑む煌輝。



青奈(うわー、ほんとキレイな顔)





〇大堂青奈(だいどうあおな)の家・二階青奈の部屋



青奈(さて、と……)



学習机の椅子に座って腕まくりをする青奈。

机の上には漫画を描くための道具が並んでいる。

そのそばには、大賞賞金200万円と記載された漫画の新人賞の応募要項も置かれていた。



青奈(下の方の賞に選ばれた事は何度かあるけど)



漫画のネームを作り作業を始める青奈。



青奈(絵を描く仕事をしたいから、できればデビューにつながる賞をとりたいなぁ……)



分厚いレンズの眼鏡をかけた青奈は眉を寄せ、ガシガシと自分の後頭部を掻く。



青奈(絵を描くのは好きだけど、ストーリーを考えるのが難しい……)



青奈は机の上に積まれた本の一番上に置いてある作者名『郁丘乃愛』の小説『愛に溺れる』を見つめ、はぁぁぁ、とため息をついた。



青奈(この作家さんみたいに、素敵な話を考えられたらいいのに……)



ブンブンと頭を振り、青奈は両頬を軽くパンパンと叩く。



青奈(私は私。自分なりに頑張ろ!)



チッチッチッチッ……と時計が周回する音が響く。

机に向かって黙々と夢中で漫画を描き続ける青奈。

コンコン……と机から離れた所で小さく音が鳴る。

作業に夢中な青奈は気付かない。

再び、コンコン、と今度はハッキリとドアのノック音が聞こえてきた。



青奈(ぁ、お母さんか……)

青奈「開けていいよー、どうぞぉ……」



青奈は机に向かったまま、作業を続ける手を止めずに言葉を発する。

ガチャ、とドアノブの動く音。



青奈(ん、お母さんいたっけ……?)



ようやく青奈は何かを思い出したような表情をする。



青奈(違う、お母さんじゃない。今日夜勤だもの!)



慌てて、ばッと後ろを振り返る青奈



青奈「ちょ、ちょっと待っ……」

青奈(ドア、開けないで――!)



青奈はドアの方へ手を伸ばしながら駆け寄る。

けれど間に合わず、青奈の部屋のドアが開いてしまう。

ドアを開けた煌輝が、そこに立っていた。



青奈「か、華門寺くん……」



ニコッと微笑む煌輝。



煌輝「もう八時だけど、夕飯食べてなさそうだから気になって……ぇ……」



語尾を濁した煌輝の様子に、思わず自分の部屋を振り返る青奈。



煌輝「ぇ、と……、独創的な部屋だね……」



煌輝の視線の先、青奈の背後には散乱したゴミと脱ぎっぱなしの服が、ゴチャ……と広がる部屋が。



青奈「わ、私、漫画を描いてて。応募する賞の締め切り前だと忙しくて苦手な掃除がさらにできなくなっちゃうの……」

煌輝「そっか……」



青奈(うわー、絶対に呆れられた……)



軽蔑されるのを覚悟したようにギュッと目を瞑る青奈の頭に、優しくポンと手をおく煌輝。



煌輝「すごいね、漫画を描くの頑張ってるんだ」



青奈(ぇ……?)



驚いて青奈が目を開けると、そこには柔らかく微笑む煌輝の姿が。



煌輝「俺にできる事があったら何でも言って。俺、家事は得意だから」



青奈(こんな風に言ってくれるなんて、この人、天使かな……)



ぐぅ~きゅるきゅるきゅる、きゅぅ~♪

煌輝と見つめ合う青奈のお腹が盛大に鳴った。



青奈(は、恥ずかしぃ……ッ)



お腹を押さえる青奈に向かってニコッと煌輝が微笑む。



煌輝「おにぎりあるから、食べる?」

青奈「うん、ありがとう……」



青奈(私の分も買っておいてくれたのかな、優しい……)





〇一階リビング



ソファに座る青奈の前にあるローテーブルへ、煌輝がお皿に盛ったおにぎりを置く。



青奈「あれ……? このおにぎり……?」

青奈(市販のおにぎりじゃなさそう……?)



煌輝「どうぞ」

青奈「ぃ、いただきます」



煌輝に促され、パクッとおにぎりを食べる青奈。



煌輝「どうかな?」

青奈「この味、久しぶり……」



市販のものよりも薄味で、鶏肉が大きめの炊き込みご飯。

しめじと舞茸とゴボウと人参も、たくさん入っている。

お母さんが仕事でいない時によく作っておいてくれたおにぎり。

私の、大好きな味。



青奈(高校に入学してからはお母さんの負担を減らしたくて、ご飯は自分で用意するからいらないよって言って作ってもらわなくなったけど)



青奈「お母さん、おにぎり作っておいてくれたんだ……」



しみじみと呟く青奈。



煌輝「作ったのはミサエさんじゃないよ、俺」

青奈「へ、華門寺くんが……!?」



驚いて顔を上げた青奈に、ローテーブルを挟んで立つ煌輝が優しい笑みを向ける。



煌輝「ミサエさんからキッチンは自由に使っていいって言われてたから。大堂家で定番の料理のレシピは事前に聞いておいたんだ。ミサエさんの味、再現できてる?」



青奈(お父さん経由で、私のお母さんに聞いたのかな)



青奈「うん……正直、お母さんの作った炊き込みご飯だと思った」

煌輝「よかった。他にも大堂さんが好きな料理を教わったから、今度作るね」



慌てて否定するようにブンブンブンと顔の前で手を振る青奈。



青奈「ぇ、悪いからいいよ。食事は別々で」

煌輝「俺、料理が好きなんだ。食べてくれると嬉しい」

青奈「そぅ、なの……?」



青奈(華門寺くんって、すごい……)



青奈は煌輝に尊敬の眼差しを送る。

ニコッと煌輝が笑った。



煌輝「ちなみに掃除も好き。大切そうなものには触らないようにするから、おにぎり食べている間に大堂さんの部屋を少し片付けてきてもいいかな?」

青奈「ぇ、ぇ、ぇ……、それはさすがに悪いよ」

煌輝「好きだから……」

青奈「ぇ……」



まっすぐな煌輝の視線に、青奈の胸がドキッと跳ねる。



煌輝「掃除が好きだからしたいけど……俺なんかに部屋を掃除されるの、やっぱり嫌だよね」



ハッとする青奈。



青奈(『好き』って掃除の事なのに、一瞬びっくりしちゃった……)



煌輝「変なこと言ってごめん」



青奈(なんか華門寺くん、可愛い……?)



シュン……と悲しげな表情をする煌輝が、青奈にはしょげる犬の姿に見えた。



青奈「そ、掃除してもらえるとすごく助かる。お願いしてもいいかな?」

煌輝「もちろん。ぁ、食べ終わったお皿はあとで俺が片付けるから、そのままにしておいていいよ。……って俺、拝まれてる?」

青奈「(華門寺くん、神対応過ぎ……)なんか、神々しくて」



胸の前で手を合わせ、拝むポーズをする青奈。



青奈(みんなが言うように華門寺くんって優しい人だな……)



ひとりになり、再び煌輝が作ったおにぎりを食べ始める青奈。



青奈「おいしい……」

青奈(なんだか華門寺くん、義弟っていうよりも素敵なお嫁さんって感じ……って、そんなこと言ったら失礼か)



おにぎりを見つめ、ふわッと幸せをかみしめるように青奈は微笑む。



青奈(高校に入学してまだ三か月くらいでほとんど話した事が無かったけど、華門寺くんとは仲の良い姉弟になれそうな気がする)





〇大堂青奈(だいどうあおな)の家・二階青奈の部屋



散らかった部屋の中に立つ煌輝。



煌輝「二年前に会った時も掃除が苦手だって言ってたけど、今もそうなんだね」



煌輝は物が散乱した床に落ちている青奈のブラジャーに気付き、バッと手の甲で口元を押さえ赤面する。



煌輝(好きな子と一緒に住めるようになったから色々と頑張りたいけど……、理性保てるかな、俺)