チャイニーズチキンバーガーを食べている。結局、四人揃ってラッキーピエロでランチをすることになった。店内はモスグリーンで統一されていた。ソファもテーブルも壁もすべてモスグリーンだ。壁には無数の絵画が飾られていて、ゴッホのひまわりの模写も飾られていて、シックで不思議な雰囲気がラッピに来たなって感じがした。
 
「やっぱりチャイニーズチキンだよね」と凛子がそう言った。
「そうだね。なんでこんなに旨いんだろう」
 夏織はそう言ったあと、チャイニーチキンバーガーを食べ終えた。チャイニーズチキンバーガーは函館のハンバーガーショップラッキーピエロの看板商品だ。甘ダレが絡んだ揚げたチキンにマヨネーズとレタスがバンズに挟まっていて、大きさはスマホの高さくらいある。

 函館生まれの私たちはもう、何十回も慣れ親しんで食べている。
 
「はやっ。お前、もう、食べ終わったの?」と侑里太はそう言って、バーガーを一口食べた。
「だって、旨いからさ、あっという間だよ」
「早すぎだよ。リナ見てみなよ。まだあんなに残ってるよ」
 凛子はそう言って笑った。侑里太と夏織は私のチャイニーズチキンバーガーを見た。

「ちょっと見ないでよ。自分のに集中して」
 私はそう言って、バーガーを一口食べた。
 
「理那ちゃんはね。乙女だから、一口が小さいの。私みたいに」
 凛子は、大きく口を開けてチャイニーズチキンバーガーを頬張った。私はまだ、緊張していた。私の隣の席に侑里太が座っている。こんなに侑里太と近づいて座るのは初めてだった。春に学校で向かい合って座ったときより、距離感が近いように感じた。

 侑里太を横目で見ると、侑里太は黙々と食べていた。すでに侑里太のバーガーも半分以上が無くなっていた。侑里太の鼻筋は横から見てもすっとしていた。

「このカップルはさ、食べるのが早いんだよ」と侑里太はそう言った。
「私は早くないでしょ。この人が早いだけだよ」と凛子は左肘を横に出して、夏織の右腕にぽんと当てた。
「いーや。凛子も早いから、侑里太の言う通りだわ」
 夏織がそう言い終わるのと合わせて、凛子はもう一度左肘を夏織の右腕に当てた。今度はさっきよりも強めだった。

「痛いって。凛子も十分、乙女だよ」
 夏織がそう言っている間に凛子は右手に持っていたバーガーを食べ終えて、包装紙を折りたたみ始めた。

「当たり前でしょや。そんなの。あー美味しかった。ごちそうさまでした」
「やばいな、俺たち。理那、完全に遅れたね」
「そうだね。急がないとね」
「ゆっくりしてていいよ。私達、のろけ話するから」
「何だよそれ。恥ずかしいな」と夏織はそう言って、グラスを手に取りコーラを一口飲んだ。
 
「付き合い始めたときのこと、話しよう」
「えー、やだよ。すげぇハズいじゃん。それ」
「侑里太は聞きたいよね?」と凛子はそう言った。無邪気そうな表情を浮かべていた。
 
「え、――あぁ」と侑里太は力なさそうな声でそう言った。
「ほら、じゃあ、話始めるよ。私達の馴れ初め。いえーい!」と凛子はそう言って、小さな拍手をした。
「『いえーい』は?」
 凛子はそう聞いたから、いえーいと低いテンションで三人とも、バラバラのタイミングでそう言った。

「それじゃあ、盛り上がってきたので始めるね。最初はなんと、ナツオからデートに誘われました。どこに行ったと思う?」
「え、カフェ?」と私が聞くと、凛子はいつもの調子で右手の親指と人差指で丸を作った。
「正解。そう、ここでデートしたの」
 凛子がそう話し始めて、恥ずかしくなったのか、夏織は急にテーブルに突っ伏した。

「あー。やめてくれー。マジで」
「いや、カフェじゃないじゃん」と私は凛子にいつものように返した。
「じゃあ、その日も食べたの? チャイニーズチキンバーガー」と侑里太はそう言った。
「いや、その日はパフェにした。パフェとジュース」と夏織は顔を上げて侑里太に向かってそう話した。

「それで、どういう風になったの?」と私は凛子に聞いた。
「うん。それでね、美味しいねって言って食べてたんだけど、途中から、ナツオが全然話さなくなったの。それでどうしたのって言っても顔赤くなってそのままだから、しばらく待ってみたの。だけど、全然話さないのさ。それで、しびれ切らして、私から告白しちゃったのさ。好きです。付き合ってくださいって」
「おー。逆告白」と侑里太は関心したように口を尖らせて、そう答えた。私はこの話をすでに2回くらい凛子から聞いているから、関心もなにも感じなかった。というか、もういいよって少しだけ冷めている自分もいた。
 
「あー、だから嫌だったんだよ。かっこ悪いじゃん。俺」
「え、でもいいじゃん。両思いだったんだからさ」と凛子はそう言って、オレンジジュースを一口飲んだ。
「おお、いい話」と私はそう言って、音が響かないように拍手をした。
 
「俺もさ、頑張ろうとしたんだよ? 前の日から言うことをさ、ずっと考えてたのさ。寝る前に何回も声出してセリフの練習したりさ、待ち合わせしてるときにもスマホに書いておいたメモ見てさ、何回も確認したんだもん。だけど、ダメだったわ。あー、もっとかっこよくコクろうと思ってたのにさ」
「残念だったな。お前、そういうところあるもんな。本番に弱いタイプ」と侑里太はそう言って笑った。
「侑里太、お前、マジ図星」
「ドンマイ」と侑里太はぶっきらぼうな声色で夏織にそう返事をした。
 
「そういえば、何ヶ月経ったの? 付き合ってから」と私は凛子にそう聞いた。
「もう2ヶ月経ったかな。ゴールデンウィークに告白したから、それくらいだよ」
「そうなんだ。1ヶ月記念とか、2ヶ月記念とかやったの?」
「うん。ここでね」と凛子がそう言うと、みんなで示し合わせたかのように笑った。
 
「ねえ、連絡先、交換しちゃいなよ。二人とも」と凛子はそう言った。
 
「俺はオッケー」
 侑里太はそう言われたあと、私の心拍数は急激に上がり始めた。教室で二人きりで話したときと一緒だ――。一気に顔が熱くなる感覚がする。
 
「――私も」
「じゃあ、俺も」と夏織がそう言った。
「ちょっと、ちょっとー。なんで、夏織が理那の連絡先もらおうとしてるのさ」
「え、俺の連絡先もほしいかなって?」と夏織はそう言ったあと、みんなで笑った。
 
「じゃあ、マジな話、この際だから、みんなでしようよ」
 侑里太はそう言ったから、みんなスマホを取り出した。私はLINEを起動して、QRコードを表示してテーブルに置いた。すると、侑里太が読み取るねと言い、私のスマホの上にスマホをかざした。そのあと、夏織が私のQRコードを読み取った。夏織からは服を着たキリンが手を上げて挨拶しているスタンプが送られてきた。私は登録して、既読無視した。
 
 そのあとすぐに侑里太から《よろしくね》とメッセージが届いた。
 私は《ありがとう、よろしくおねがいします》とメッセージを送った。

「なんか、この人、俺のこと既読無視して、隣の人とメッセージやり取りしてて感じ悪いんですけど」と夏織は私を茶化すようにそう言った。
「え、スタンプだけの人より、メッセージ来た人のほう、先に返信するじゃん。文句言わないで」と私はそう言って笑うと、夏織も笑った。

「ちょっと、二人でイチャイチャしないでよ」と凛子は私と夏織のやり取りに割って入ってきた。
「違うって。凛子ちゃん。これは」
「これは?」
 凛子はそう言ったあと、左肘で思いっきり夏織の右腕を押した。
 
「痛い。痛い」
 夏織はそう言って笑った瞬間、凛子と夏織が急に眩しく見えた。私は目のやり場に困って、スマホをショルダーバッグにしまうことにした。イチャイチャしているのはこの二人だろと私は心のなかで少し毒づいた。




 夏休みはあっという間に過ぎていった。あれから、侑里太からの連絡もなかった。お盆に松前のおばあちゃんの家に行った以外は何気ない日常がだらりと進んでいっただけだった。その間、凛子からも連絡はなかった。きっと、夏織と遊ぶことに夢中なんだろうなと思った。私だけ世界からほったらかされているような、そんな感覚がした。

 始業式が終わり、凛子といつも通り帰ることになった。終業式のときと同じように自販機でコーラを買って、植物園の裏にある砂浜に行った。私は持ってきたレジャーシートを広げ、座った。凛子もいつものように私の左側に座った。そのあと、二人ともほぼ同じタイミングで缶コーラを開けた。コーラを開けると爽やかで喉が渇く炭酸の抜けた音がした。
 
「あーあ、永遠に夏休みだったらいいのに」
 凛子は缶コーラを私の方に差し出してきた。
 
「永遠の夏休みに乾杯」
 持っている缶コーラを凛子の缶に当てた。缶に口づけると口の中いっぱいにコーラの香りと強い炭酸を感じた。

「夏休みどうだった?」と私は凛子にそう聞いた。
「最高だったよ。またのろけてもいい?」
「うんいいよ。夏休み中、何回ラッピに行ったの?」
「あ、それがさ、意外なことにラッピ、2回しか行かなかったさ」
「あれ、そうだったんだ。もしかして、スタバデートした?」
「うん、したよ。ベイエリアのスタバ」
「えー。いいなぁ。しかも五稜郭(ごりょうかく)のほうじゃないスタバじゃん」
「うん、観光客に混じってまったり話してきたよ。フラペチーノ飲みながら」
「いいなぁ。夏織いいところあるじゃん」
「いや、それがさ、全部、私がここ行こうって誘ったんだよね」
「え、凛子から誘ったの?」
「うん。あいつ、全然夏休み中誘って来なかったから、私がしびれ切らして、どこか行こうっておねだりしたの」と凛子はそう言うとコーラを一口飲んだ。

「えー。そうだったんだ」
「全然、ダメダメでしょ? あいつ。私、4人でラッピ行ってから1週間、夏織から連絡なかったから、フラれたかと思った」
「1週間か」
「そう。長いでしょ。1週間もほったらかしにするんだよ。だから、私が待ちきれなくなったってことさ」
「そうなんだ」

 今日も海は穏やかだった。日は薄い雲に出たり隠れたりを繰り返していた。半袖の制服から出ている両腕や顔を時折強く焼いた。人もまばらでゆっくりと午前中が終わろうとしている。

「リナは? あれからユリタと連絡取り合った?」
「それがさ、――連絡来なかったんだよね」
「え? 嘘でしょ」
「いや、マジ」
「えー、なんでもっと早く相談してくれなかったの?」
「そういうものかなって思って、ずっと連絡待つことにしたの」
「いやいや、ダメでしょ。それ」
「そうなの?」と私が聞き返すと、はぁー、と凛子はわかりやすいため息を吐いた。

「え、もう終わっちゃったかな。――もしかして」
「うーん。わからない。もっと早く相談してくれたら『自分から連絡しな!』って言ったのに。もう」
「そっかぁ」
「そっかぁ。じゃないよ。リナ、今から連絡しなよ」
「え、今?」
「うん、今」
「えー、恥ずかしい」
「ほら、スマホ出して」
 凛子はそう言って、私のバッグを指差した。私はバッグの中から、スマホを取り出した。そして、バッグを砂浜に置き、LINEを起動した。

 侑里太とのトークを表示すると

 《よろしくね》
 《ありがとう、よろしくおねがいします》

 とやり取りが書いてあった。あのとき、瞬間冷却したみたいにメッセージはそのままだった。

 私はスマホを持ったまま、海を眺めた。ときより白波を立てていた。
 
「――ねえ、なんて書けば良いんだろう」
「うーん。『こんにちは。夏休み終わったね。元気だった?』っていうのはどう?」
「いいね。打ってみる」
 私はそう言ったあと、凛子が言った通りのセリフを打ち込んだ。右手に汗がにじんでいるのを感じた。送信ボタンが押せない。胸がぎゅっと縮まる感覚がする。寒くないのになぜか胸から小刻みに身体が震え始めた。息を大きく吸ったあと、小さく吐いた。

「やっぱ、無理だよ。凛子」
「えー、こういうのは勢いだよ。勢い。えい!」
「あ!」
 凛子は右手の人差し指で私の人差し指を押した。そして、メッセージは簡単に侑里太の元へ送られた。一気に胸が熱くなった。そして手が大きく震えだした。凛子の顔を見るとにやけていた。

「ごめん、やっちゃった」
「ちょっと、もう」
 私はそう言ったあと、左手で凛子の背中を思いっきり叩いた。パチンといい音が鳴った。

「痛ーい! もう。ウケる」
 凛子はそう言って、大きく笑って、砂浜へ倒れ込んだ。そして、そのまましばらく笑っていた。私は侑里太とのトーク画面をずっと見ていた。なかなか既読が表示されず、じれったい。今度は胸の奥が痒く感じた。


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野いちご、ベリカでの公開部分はここまでです。

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