オールスパイス

 翌朝、菜々子はカフェに姿を見せた平野に声を掛けた。

「あの……」
「あ、菜々子ちゃん。おはよう」

 そのゆったりとした笑顔は、昨日よりも親しみがこもっているように感じる。

「薬……効いたかも、です」
「え?」

 平野は首を傾げている。

「――惚れちゃいました!」
「えぇっ!?」

 平野のトレーが大きく揺れ、菜々子は慌てて立ち上がってそれを受け止めた。  
 コーヒーは無事だ。

「良かったら……」

 菜々子が自分の向かいの席を勧めると、平野はふわりと微笑んで腰を下ろした。

「お弁当、美味しかったです!」
「えっ、食べてくれたんだ」

 平野が目を見開く。

「はい。食べるつもりはなかったんですけど、あれ見ちゃったら……」
「良かった」

 平野は満面に笑みを広げた。
 冗談のように言ったが、菜々子は本気で平野に惚れてしまったのだ。

「俺さぁ、この近くで創作料理の店やってるんだけど、もしよかったらおいでよ」
「あ、そういうことですかぁ。道理で……」

 食べるつもりはなかったなんて、料理人に失礼なことを言ってしまった、と菜々子は反省した。

「私はこの近くでネイルサロンやってるんです」
「あぁ……ネイルサロンは行けそうにないかなぁ、ごめんね」

 平野は申し訳なさそうな表情を見せてから、照れたように白い歯をこぼした。