オールスパイス

 開店前の店はシャッターが半分だけ開いていて、覗き込むと平野がドアを開けて出迎えてくれた。
 菜々子はバッグから取り出したタッパーを平野に差し出した。

「上手くできたと思います。点数付けてください」

 そう豪語し、ハンバーグを頬張った平野の様子をじっと見つめる。

「うーん……」と唸って暫く黙った後、平野が口を開いた。

「九点」
「え? それは十点満点の、ですか?」
「いや、百点満点の」

 言われて一瞬言葉に詰まった。

 ――厳しい……

「次は頑張ります!」

 菜々子がそう意気込むと、優しく微笑んだ平野は、九点のハンバーグを食べ始めた。

「この玉ねぎ一センチ角くらいあるから、微塵切りはもっと細かくね」
「はい」
「玉ねぎはちゃんと炒めた?」
「あの……レシピには飴色って書いてありましたけど、飴ってなに飴ですか? べっこう飴? 紅茶飴?」

 菜々子が尋ねると、突然平野が吹き出した。

「なるほど……そういうことか。菜々子ちゃんは、レシピ見ただけじゃ難しいかもしれないなぁ」
「え?」

 それほど酷い仕上がりということだろうか。

「忙しかったら無理にとは言わないけど、時間がある時、店おいでよ。一から教えるよ」
 
 平野から笑顔でそう提案されて店を出た菜々子は、足早にサロンへ向かう。 

 必死に磨いた自分の技術とセンスを買ってくれる顧客も増えて、それなりに満足しているつもりだった菜々子にとって、平野から下された『九点』の評価は、深く胸に突き刺さった。土俵が違うのはわかっているが、鼻をへし折られたような気分になった。

 そして、菜々子のやる気に火が付いた。

 その日仕事を終えた菜々子は、ジェルネイルを落として爪を短く切り揃え、平野の店に向かった。