彼の人が植えた桃の木は、敷地内の手前にありました。

不法侵入だと知りながら、夜中に家まで赴き花の枝に御籤のように手紙を結びました。告げてはならぬ思いでした。

彼の人はどこまでも清い人でした。優しい人でした。美しい人、でした。



手紙に名前は書きませんでした。思いだけを吐露させて欲しかったのです。清純な人と反対に私は狡猾な人間でした。私は逃げたのです。


当たりながらも砕けるのが怖く、欠片が飛散しないように、予めテープで止めて防いでおいたのです。

それでも神聖な彼の人は私からの手紙だということに気が付きました。



「貴方の書いた字をしている。」


桃の花の香りが移ったのでしょうか、いっそのこと神々しさもある淡く微笑まれた笑顔で彼の人は告げました。



「わたしも貴方を好いている。」



私はどこまでも狡い人でした。差し出された手を取りました。その好いているという言葉がどういう意味か確認することはしませんでした。