ぼけっとしていた私も悪いけれど。

フェランドール語も、たとえ自国の言葉でも。


そんな言葉は受け付けてないし、聞いたこともないし、勉強する気もない。


「結婚、したいからだ」


突然の発言に混乱しつつも、いやでもあの場面が蘇ってくる。


「っ、何言ってんの正直に答えて」

「そうだな、婿に入ろう」


はぐらかすな、馬鹿野郎。



「うるさい。それが聞きたいんじゃない」

「............」

じっと黙った男は無表情でそれにまた傷ついてしまう。


感情はなんとなく無表情でもわかるようになってたはずなのに、つもりなのに。


今は全然本当に全く、分からない。


「正直に言いなさい......どうして結婚がしたいの......好きでもないくせに...っ、」



突拍子もない発言に、怒りで半ば涙が零れそうになる。



絶対、何かがあるはずだ。

その手紙でしょう?...見せてみなさいよ。

思わず書面を覗き込んでも、何語かもよくわからない文字列が現れては消える。


いつも魅了される魔法でも、今は余計に頭をビリビリと痛めつけるものとなったようだ。

掴みかかりたい自分を必死で抑えると、手がブルブル震える。


さっきは恐怖で埋め尽くされていたのに、私の心は。



「こんなっ、露骨な言い方...もっと何かあったはずでしょう!」

本当に言いたかったのはこれじゃない。

こんなんじゃ......全然、ないのに...。







結婚は、結婚は、...結婚だけは!!

結婚だけは、どんな理由であれ利用して欲しくなかった。



脳裏に揺らめく大広間の景色。

結婚、結婚、婚約...──婚約破棄。


でも今の私はそんなトラウマに負けるほど弱くはなかった。

怒りで全身の血が沸騰してしていたから。



っ...。

こいつ、おかしい......!


キッと睨むと、深い瞳の色は僅かに揺れていたのは、気のせいか。


「出てく...っ。さよなら!」


引き攣る喉と、やけどしそうなほどに熱い目元。

デジャヴだ。



バタンと小屋の扉を閉めて、不自由な足で(せわ)しく荷造りを始める。


そんな自分がどうしようもなく情けなくて悲しくて、苦しくて、辛かった。