その10
夏美



荒子のスピーチが始まると、荒子信者達はすでに陶酔しきってるわ

それは彼女らの後ろ姿からでも、一目でわかる

こんな状況でドッグスのメンバーがちょっかいを出したら、即、火がつくわね

やっぱり気を抜けない…


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スピーチは続いた

そして荒子は自らの”原点”だった、紅子さんに触れた

「…、皆さんもご承知のように、この都県境で女が堂々と闊歩できる下地を築いてくれた紅丸有紀さんが、奇しくも総集会の今日、日本を発たれました。今頃はアメリカに向かう飛行機の中です」

そうなんだ…

南玉の新体制が実質スタートする門出の日、あの紅子さんが日本を離れた…

「私だけでなく、ここにいるおそらく全員が、紅丸先輩に対しては、心から尊敬の念を抱いていることと思います。ここで、空の上にいる紅丸先輩に、改めてお礼を申し上げたい。紅丸先輩…、ありがとうございました!」

荒子の大きな声が火の玉川原に響いた

と同時に、川原に集まった参加者も、”ありがとうございました”と、空に向かって声をあげた


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6年前、紅丸さんがこの都県境にアメリカから凱旋帰国しなかったら、女の集団である今の南玉連合はなかっただろう

しかし、紅丸さんがいわゆる”赤塗り”を成し遂げたのは、必ずしもバイクを乗り回す女の集団を作ることが目的ではなかった

あの人が目指したのは、本当の意味で、若い女が自由にやりたいことを、自然体でトライできる環境を作り出すことだった

日本の女性は、目に見えない鎖でがんじがらめになってる

しかもそれに気が付かない

これは普通で、これが永遠だと無意識に結論着けてる

今の日本国内では、それで人並みの幸福は享受でき得る

だけどそれは、本人にとっても、延いては祖国にとっても、とてつもなく不幸であると…


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アメリカで育った怪物紅子さんは、日本人女性の持つポテンシャルが、文句なしに世界一だと確信していたようなんだ

だから、ずば抜けたインテリジェンスを備えた紅子さんは、象徴として、強くて何にも束縛されない女の体現を実践した

そして若い女、とりわけ女子中高生は、勇気と希望を植え付けられ、文字通り生まれ変わった

私もその一人だったが、それは鮮烈なものだったわよ

紅子さんは実際に紅組を立ち上げ、すべての女の子の応援隊として存在してくれてた

そう…、何も南玉連合のような女だけの勢力体ができることを、本意とはしていなかったんだ

でも、時代の趨勢もあり、私を含めここにいるみんなは、女性勢力の集団に身を投じることに魅せられてしまった

紅子さんは最後まで、都県境最大の勢力となった南玉連合を案じていた

自分の存在を、小学生の頃から敬愛していたイケイケの荒子が、事実上総長となった日、紅子さんは日本を去った

私からも、言おう

紅丸先輩、ありがとうございました