日が昇る前に、魚たちを元いた場所へ返し、残っていた影だった者たちを強制的に黄泉へ送る。
ほとんどは未練はなく成仏してくれたようだったので、海上遊園地は成功だったと言えよう。
仕上げに、火宮桜陰がまじないをかけた。
これで、今年の海水浴客が連れて行かれる事はないだろう。
任務は完了した。
「帰るぞ」
小型バスくらいの大きさになったヨモギ君に火宮桜陰がまたがる。
そして、片手を私に差し出してきた。
「乗るか?」
一人乗りじゃなかったのかよ。
海に来る時はそれで断りましたよね!?
「ご主人様、そいつのせたいの?」
「………いや、いくぞヨモギ」
「うんっ!」
ヨモギ君は一瞬不機嫌になったが、私が乗らないと知って嬉しそうに走り出す。
「…………」
ヨモギ君のふわふわな背中に乗ってみたかったな。
期待させやがって。
いや、本人の嫌がる事をする気はないんだよ。
遠くなる背中を見て切なくなった。
「月海さん」
「うん」
でもいいんだ。
私にはイカネさんがいるのだから。
行きは運んでもらったから、帰りは私が送ってあげたいな。
………うん、今ならできる気がする。
ペンダントに神力を流し、水で屋根のない馬車をつくる。
ペンダント状態の剣でも効果はあるはずだ。
「できた! イカネさん、乗ってください。帰りは私がお連れします!」
「ええ、ありがとうございます」
イカネさんは嬉しそうにして、乗り込んでくれた。
私もその隣に座る。
「さ、出発ー」
初めから飛ばすのは緊張するので、まずはゆっくり。
徐々に速度を上げていく。
風が強くなってきた。
イカネさんのように無風とはいかない。
屋根無しは失敗したかな……。
さらに強い向かい風に吹かれた瞬間、馬車はただの水に戻った。
「いだっ!」
受け身も取れず、尻から落ちた。
向かい風のせいで前髪が逆立ちして固まっている。
ずっと前髪で顔を遮っていたから、朝日が眩しいぜ。
その朝日との間に影ができて、手を差し出された。
流れる金髪が輝いている。
「月海さん……」
「イカネさん、大丈夫!?」
ぼうっとしている場合じゃない!
イカネさんの柔肌に傷がっ!
人類の多大なる損失!
私はなんてことを………!
「ええ、わたくしは平気ですわ。お守りできず、申し訳ございません」
「大丈夫ならよかった……。落としてごめん!」
「仕方ありません、今日はたくさん神力をお使いになられたのです。こちらこそ、気遣いが及ばず……」
差し出された手を取って立ち上がる。
濡れた服が一瞬で乾いた。
イカネさんの術だ。
「何やってんだよ!」
遠くに行ってたはずの火宮桜陰が戻ってきた。
「途中、術が解けてしまいまして、ここから先はわたくしがお連れいたします」
「いや、俺が運ぶ。お前は天界に帰れ。今日の訓練に障る」
「ちょっと、その言い方はないでしょ!」
イカネさんを邪魔者扱いなんて許せない。
「ガス欠は黙ってろ」
「ガス欠!?」
いや、間違っていない。
きっと神力が足りなくなったから、水の馬車が消えてしまったんだ。
「少しでも回復するために、式神の召喚をやめるべきだ」
「……そうですね。わたくしは戻ります。火宮桜陰、あとは頼みました」
「おう」
「イカネさん……」
「また夜に、お呼びください」
それだけ言って、イカネさんは姿を消した。
「あああああー先輩のせいでー」
「うるせぇ帰るぞ。今日も学校だ」
そうだった。
まだ平日である。
火宮桜陰の命令で、ヨモギ君に二人乗りする。
私を乗せることを嫌がっていたヨモギ君だったが、主人の命令には逆らわない。
むしろ、ガス欠に慈悲をやろう、と偉そうだった。
この際、文句は言うまい。
早朝、まだ寝ている人も多いと思うが、万が一があるかもしれない。
顔を隠すように前髪を下ろして、火宮桜陰の背中にしがみついた。
夏休みまで、もう少し。


