河川敷に来る。
願いが通じたのか、あれから人と会うことはなかった。
「この辺でいいだろう。ヨモギ」
「うん」
淡く光ったヨモギ君がみるみる大きくなる。
小型バスくらいのサイズになって、光が消え、成長が止まった。
「よっ」
大きくなったヨモギ君の背に、火宮桜陰がまたがる。
「行くぞ。ついてこい」
「はぁ?」
どういうことだ。
「ヨモギは一人乗りだ。お前は後ろを走れ」
「いや、無理ですって」
ヨモギ君の走力がいかほどかわかりかねるが、少なくとも私では歯が立たないのは確か。
「せめて荷台をつけてくれませんか?」
「お前はヨモギに馬の真似事をさせる気か?」
「させるきか!」
言いたいことはわかりますが、走って追いつくのは、現実的に無理。
どうしたものかと考えていると。
『月海さん』
「イカネさん」
心に呼びかけられて、声に出して呼ぶと、目の前に金髪美女が現れ、優雅に一礼する。
「話は聞いていました。わたくしがお運びいたします」
「えっ?」
イカネさんの獣姿?
想像するのは、髪と同じ金色の毛並みのしなやかなミンク。
「素敵……!」
絶対かわいい。
「うふふ、楽しい想像をしているところ申し訳ございません」
肩を支えられ、膝裏を持ち上げられた。
「………え?」
「僭越ながら、抱き上げる形になりますが」
いわゆる、お姫様抱っこである。
「お嫌ですか?」
「嫌じゃないです!」
イカネさんの毛穴ひとつない綺麗な顔を間近で見られる。
まさに眼福。
「うふふ、そんなに見つめられると、少々恥ずかしいですね」
「ごめんなさい」
「いいえ、嫌じゃないですから」
「イカネさん……」
両手を合わせて、イカネさんを拝んだ。
ああ、神はここにいた。
私たちのやりとりを見る火宮桜陰は、不機嫌そうだった。
「チッ………。話が終わったらとっとと行くぞ」
ヨモギ君をぽんと叩いて、走り出す。
彼らは車のように速い。
「参りましょうか」
「よろしくお願いします」
ふわりと浮き上がる彼女の首にしがみつく。
「飛ばしますよ」
イカネさんは言い終わる前に加速し、数秒後には火宮桜陰とヨモギ君の上空につけたところで、彼らの速度に合わせた。
お姫様抱っこをされ、地上数メートルで、自動車並の速度。
一見、絶叫アトラクションだが、浮遊感や揺れなどない。
目は開けていられるし、髪がなびく強風もない。
「快適でしょう?」
「はい、とっても」
景色を楽しむ余裕もある。
これが、神様の力か。
生まれ変わりと言われている私にもできるでしょうか。
夕日を反射してキラキラ光るイカネさんを見て思いを馳せる。
私がイカネさんをお姫様抱っこして、二人だけで空の旅………きゃっ、恥ずかしい。
「なに気持ち悪い顔してんだ」
「うぐっ………」
斜め下の火宮桜陰に現実を突きつけられた。
美女と不細工は、悪い意味で目の毒だ。
モザイクかけないと、見るに耐えない。
奴は、誰もが認める学校一のイケメン。
強風であらわになる額すらもイケメンなのだ。
学校カースト最下層の私なんかじゃ勝てっこない。
むしろ勝負にならないというか、勝負しようとすることが烏滸がましいというか。
イカネさんにお姫様抱っこされる火宮桜陰を想像して、余計傷ついた。
「月海さんをいじめないでください」
「俺は事実を言っただけだ」
「月海さんはいつもお可愛らしいですわ」
「趣味悪いな。視力大丈夫か?」
「貴方こそ、月海さんの魅力がわからないなんて、可哀想ですね」
イカネさんと火宮桜陰が睨み合う。
私のことで争うのはやめてください。
話題が話題なだけに、恥ずかしいです。
「ご主人様、見えたよ」
ヨモギ君の声で、私たちは向かう先を見る。
波の音と潮の香り。
目的地は海だった。


