その9
真樹子
「…私みたいなもんにとっては、ある一線を越えた感情移入はタブーなんだよ。なぜなら、判断を誤る隙ができるからね。非情に徹する心が揺らぐことだってある。それがさ、さっき二人の話を聞いて超えてたんだ、そのラインをさ…」
「はい…」
「久美、私さ…。つい、あいつらの心情、安易に受け入れちゃったんだよ。そもそも、横田競子は紅組に加入していない。ただ、横田が寵愛受けてるのを、あの二人がジェラシー感じてるだけだよ、結局のところ…。そうだろ?」
「ああ、そうですね。わかります、それは…。あの、先輩‥、ちょっと止まって話伺ってもいいですか?メモ取りたいんです。大事なことだから…」
はは、真面目じゃん、いい心がけだ(笑)
「じゃあ、あっち行こう」
私は駅前のロータリーに出て、久美とバス乗り場のベンチに腰かけた
...
「そんでさ、そんな連中のやっかみ感情をポンと受け入れちゃったんだよ、さっきの私。だからすぐに、その感情移入を取り除いた。これで、まずはいいんだけど…。じゃあなぜ、私がすぐ気付いたとはいえ、奴らに同調しちゃったかってことだ」
隣の久美は、さっそくメモに励んでる
「それはさ、ある人物に過剰反応を起こしたせいなんだ。誰だかわかるか、久美?」
「ええと…、嵯峨ミキさんですかね?紅組の新しいリーダーの…」
「ああ、久美、正解よ」
「わあ!あたった…」
久美はいつでも単純だ(笑)
...
「久美、この都県境は激しい気性の女が溢れかえる地だよ。それぞれが言い分を持ってる。それを、まあいいやで終わらせたら意味ないんだ。意味は見つけるもんなんだよ」
「…」
また久美が固まっちゃったわ
「この際だから、久美には教えておく。三田村さんのあの卑しい姿はよう、紅組の現トップ、嵯峨ミキって存在が生んだんだ」
「えっ?」
久美は思わずメモしてる手を止めて、私の顔に視線を向けてきた
この際だ、ちょっと早いだろうけど、この子には話しておこう
...
「…三田村さんは嵯峨のいっこ上でさ、中学が一緒だったんだ。嵯峨が紅丸有紀と出会う前から、かなり親しい先輩後輩の仲だったらしい」
「えー!そうだったんですか…」
「当時から嵯峨ミキは長身で、フェンシングと剣道じゃ名が通ってた。その一方で、竹刀を持って、高校生の男子をボコボコにしちゃたりとかって、その手の武勇伝でも評判の中学生でさ。それも表情一つ変えず、相手が気絶するまでぶっ叩くとか、かなり凶暴な一面があったってとこでね…」
今日は比較的涼しく風もあるので、話にも熱を帯びてきたが、いつもみたいに汗はまだ流れてこないや
「三田村先輩はその嵯峨とは、いつも行動を共にしてた…。それがさ、嵯峨が紅丸との対決を経て、一緒に紅組を立ち上げたって訳で…。三田村さんの性根を見切っていたのか、紅丸は嵯峨から三田村さんを排除したみたいでね。当然、三田村さんは紅組にも入れず、やがてその中学を卒業した…」
久美はふんふんと頷いて、興味深そうに”集中”してる
...
「…その後、三田村さんがどんな立場に追いやられたのかは、簡単に想像がつくだろう?嵯峨の存在があったからこそ、でかい顔できたわけだからさ。あの人、周りの誰からも、相手にされなくなっちゃったんだ。惨めだったと思うよ、そん時の先輩」
「はい、私にもなんとなくですが、わかります。その時の三田村先輩のこと…」
「やがて、嵯峨は紅組で大将の紅丸とハイガールズとかって、ブイブイだよ。そんな中、先輩は自分の身の置き場を、紅丸とは対極に据えたんだ。性根を更に腐らせ、卑劣に徹する自分に専心した。その話を先輩から聞いてさ、自分と重なったんだ」
思い出すよ、”あの時”の感覚…
今でもはっきりと覚えてるし、まあ、私のターニングポイントだったよ
「そういうのがあってさあ、嵯峨の、どこか人の心の芯を傷つけるような振る舞いがさ、どうもね…。もっとも、当の嵯峨からしたら、悪意なんかないと思うよ。でも、持たざる者の気持ちを軽く見てるところは、あるんじゃないかってね。どうしてもさ…」
「そうですね。私もそう思います…」
”妹分”は大きくうなずいた
...
「なんで、久美にここまで話したかっていうとさ、明日会うことになってる人とも関連が出てくるからなんだよ。そこに連れてくからね、お前を。久美には、極力”解説”はしない方針なんだけど、まあ、今日は特別だ」
こうイッキで、私の情念をかぶせちゃあ、フツーならゲロ吐きだ
だが、久美は違う
ヘドロまみれでも、ゴホゴホ言いながら泳ぎ切るがむしゃらさがある
「真樹子先輩、今日は大変ためになる話をしていただいて、ありがとうございました!」
久美はベンチから立ち上がると頭を下げた
ためになる話ねえ…(苦笑)
まあそういうことになるのか…
今の久美にとっては
真樹子
「…私みたいなもんにとっては、ある一線を越えた感情移入はタブーなんだよ。なぜなら、判断を誤る隙ができるからね。非情に徹する心が揺らぐことだってある。それがさ、さっき二人の話を聞いて超えてたんだ、そのラインをさ…」
「はい…」
「久美、私さ…。つい、あいつらの心情、安易に受け入れちゃったんだよ。そもそも、横田競子は紅組に加入していない。ただ、横田が寵愛受けてるのを、あの二人がジェラシー感じてるだけだよ、結局のところ…。そうだろ?」
「ああ、そうですね。わかります、それは…。あの、先輩‥、ちょっと止まって話伺ってもいいですか?メモ取りたいんです。大事なことだから…」
はは、真面目じゃん、いい心がけだ(笑)
「じゃあ、あっち行こう」
私は駅前のロータリーに出て、久美とバス乗り場のベンチに腰かけた
...
「そんでさ、そんな連中のやっかみ感情をポンと受け入れちゃったんだよ、さっきの私。だからすぐに、その感情移入を取り除いた。これで、まずはいいんだけど…。じゃあなぜ、私がすぐ気付いたとはいえ、奴らに同調しちゃったかってことだ」
隣の久美は、さっそくメモに励んでる
「それはさ、ある人物に過剰反応を起こしたせいなんだ。誰だかわかるか、久美?」
「ええと…、嵯峨ミキさんですかね?紅組の新しいリーダーの…」
「ああ、久美、正解よ」
「わあ!あたった…」
久美はいつでも単純だ(笑)
...
「久美、この都県境は激しい気性の女が溢れかえる地だよ。それぞれが言い分を持ってる。それを、まあいいやで終わらせたら意味ないんだ。意味は見つけるもんなんだよ」
「…」
また久美が固まっちゃったわ
「この際だから、久美には教えておく。三田村さんのあの卑しい姿はよう、紅組の現トップ、嵯峨ミキって存在が生んだんだ」
「えっ?」
久美は思わずメモしてる手を止めて、私の顔に視線を向けてきた
この際だ、ちょっと早いだろうけど、この子には話しておこう
...
「…三田村さんは嵯峨のいっこ上でさ、中学が一緒だったんだ。嵯峨が紅丸有紀と出会う前から、かなり親しい先輩後輩の仲だったらしい」
「えー!そうだったんですか…」
「当時から嵯峨ミキは長身で、フェンシングと剣道じゃ名が通ってた。その一方で、竹刀を持って、高校生の男子をボコボコにしちゃたりとかって、その手の武勇伝でも評判の中学生でさ。それも表情一つ変えず、相手が気絶するまでぶっ叩くとか、かなり凶暴な一面があったってとこでね…」
今日は比較的涼しく風もあるので、話にも熱を帯びてきたが、いつもみたいに汗はまだ流れてこないや
「三田村先輩はその嵯峨とは、いつも行動を共にしてた…。それがさ、嵯峨が紅丸との対決を経て、一緒に紅組を立ち上げたって訳で…。三田村さんの性根を見切っていたのか、紅丸は嵯峨から三田村さんを排除したみたいでね。当然、三田村さんは紅組にも入れず、やがてその中学を卒業した…」
久美はふんふんと頷いて、興味深そうに”集中”してる
...
「…その後、三田村さんがどんな立場に追いやられたのかは、簡単に想像がつくだろう?嵯峨の存在があったからこそ、でかい顔できたわけだからさ。あの人、周りの誰からも、相手にされなくなっちゃったんだ。惨めだったと思うよ、そん時の先輩」
「はい、私にもなんとなくですが、わかります。その時の三田村先輩のこと…」
「やがて、嵯峨は紅組で大将の紅丸とハイガールズとかって、ブイブイだよ。そんな中、先輩は自分の身の置き場を、紅丸とは対極に据えたんだ。性根を更に腐らせ、卑劣に徹する自分に専心した。その話を先輩から聞いてさ、自分と重なったんだ」
思い出すよ、”あの時”の感覚…
今でもはっきりと覚えてるし、まあ、私のターニングポイントだったよ
「そういうのがあってさあ、嵯峨の、どこか人の心の芯を傷つけるような振る舞いがさ、どうもね…。もっとも、当の嵯峨からしたら、悪意なんかないと思うよ。でも、持たざる者の気持ちを軽く見てるところは、あるんじゃないかってね。どうしてもさ…」
「そうですね。私もそう思います…」
”妹分”は大きくうなずいた
...
「なんで、久美にここまで話したかっていうとさ、明日会うことになってる人とも関連が出てくるからなんだよ。そこに連れてくからね、お前を。久美には、極力”解説”はしない方針なんだけど、まあ、今日は特別だ」
こうイッキで、私の情念をかぶせちゃあ、フツーならゲロ吐きだ
だが、久美は違う
ヘドロまみれでも、ゴホゴホ言いながら泳ぎ切るがむしゃらさがある
「真樹子先輩、今日は大変ためになる話をしていただいて、ありがとうございました!」
久美はベンチから立ち上がると頭を下げた
ためになる話ねえ…(苦笑)
まあそういうことになるのか…
今の久美にとっては



