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 鮫島さんが深春に電話をかけてきた数日後、俺は直接会おうと彼が経営する世田谷区の町工場へと足を運んだ。

 建築資材を製造している小さな会社で、機械はあまり動いておらず従業員にも活気がない。放っておいたらすぐ廃墟になりそうなほどだ。

 事務所へ向かう前にその様子を観察していると、奥のほうから鮫島さんが出てきた。俯いてこちらに歩いてくる彼に、少々意地悪な言葉を投げかける。

「残った従業員はここにいる方々だけですか。とても静かですね」
「くっ、黒凪社長!?」

 バッと勢いよく顔を上げた鮫島さんは、俺を見て後退りするほど驚きを露わにした。

 先日電話での一件があったせいか、やや怯えたように縮こまっている。「少しだけよろしいですか?」と確認を取ると、彼は猜疑心たっぷりの視線を向けつつも事務所に入るよう促した。

 棚とデスクにたくさんの書類やファイルが置かれた、いたって平凡な事務所。そこの応接スペースに座り、インサートカップに淹れたコーヒーを差し出されたところで切り出す。

「事情はお聞きしました。専務だった人物が、社員を引き連れて独立したそうですね。得意先の企業に、こことの契約を切って自分のもとへつくよう根回しもして」
「……だからなんです? 嘲笑いにでも来ましたか」