……なんて優しい音。鍵盤のひとつひとつを愛でているような、丁寧なタッチが心地よい。

 私はピアノのことも、今弾いている曲名すらもわからないけれど、この音を奏でている人はきっと心も優しいに違いない。そう思わされるくらい魅力的だ。

 しばし目を閉じて優雅な気分に浸っていると、レストランの入口のドアが開かれた。

 スタッフにお見送りされて出てきたのは、フォーマルな格好をした私の叔父夫婦とその娘。ご満悦そうな三人は、私に気づくと口角を上げたまま一瞬冷めた目をした。

 彼らとは、私が小学六年生の頃から一緒に暮らしている。両親がふたりとも事故で亡くなり、身寄りのなくなった私を引き取ってくれた。

 大好きだったふたりを一気に失い、抜け殻のような状態の私を拾って育ててくれたことについては本当に感謝している。

 叔父は町工場を経営している社長で、一般家庭よりも経済的に余裕がある。とはいえ、面倒な手続きをして未成年者後見人になり、私の分の食費や学費を出すのは本意ではなかっただろうから。

 しかし──鮫島家は私にとってもうひとつの家族であると同時に、見えない糸で縛りつけられるような場所でもあるのだ。