東京、銀座の一等地に構える高級レストラン。ヨーロッパ風の真っ白な洋館は見るからにハイセンスで、中からは優雅なピアノの音色が夏の夜風に乗って流れてくる。

 ここは芸術的な料理やスタッフの対応が一流だと評判だ。美味しい料理を味わいながら、さらにピアノの生演奏を聞けるなんてさぞかし夢見心地だろう。

 しかも今日は七夕。なんとなくロマンチックな気分になる。

 私、鮫島(さめじま) 深春(みはる)は、エントランスにある庭のベンチに座って、揺れる短冊のごとく軽やかな旋律に耳を澄ませている。

 学歴は高卒、二十二歳の現在も定職についていない私にとって、高級レストランは一生足を踏み入れられないのではと思うほど縁遠い場所だ。

 唯一許されるのは、食事をする家族の送迎をするためにここへ来て、こうやって外に漏れ聞こえるメロディーに耳を済ませること。今夜も予定の時間より少し早くに、近くのパーキングに自分の車を停めてやってきた。

 私はただ足に使われているだけの存在。その虚しさを忘れさせてくれる、密かな幸せのひと時だ。