月下の逢瀬

周りにはたくさんの人が行き交っている。本当に二人きりという訳ではないけれど……。

先生とは、あの放課後以来話していない。校内で会っても、会釈する程度。
つけられた痕もすっかり消えて、このまま忘れられたらと思っていた。

いきなりこんなに近くに来られたら、どうしていいのかわからない。


「浴衣、よく似合ってる。一瞬誰か分からなかった」


「ありがと、ございます」


ぎこちなく頭を下げた。

先生は、あの日のことをどう思っているんだろう。
気紛れ、じゃないのかな。
気紛れだといい。


「電話、くれないな?」


「……あ、えと」


先生が貸してくれた本に、ケータイ番号が書かれたメモ用紙が挟んであった。
あれは机の引き出しの奥にしまってある。


「今日の夜、いや、明日でいいや。電話が欲しい」


「は、い……」


「ん。じゃあ、行こうか」


ほら、と先生が指差したのは、コウタくんと腕を組んで手を振っている結衣。


とりあえず、後で考えよう。
隣を歩く先生を意識しないようにしながら、結衣に向かって手を振った。