月下の逢瀬

『この間は、ありがとう』


数日後、たまたまトイレで二人きりになったときに、玲奈さんが近寄ってきて言った。


『……え?』


『すごく助かった。ありがとう』


にこりと笑った顔は、花が咲いたようにふんわりと可愛らしかった。


『うるさいのが静まってよかった。ウザくてさ、正直』


次に、ぺろりと舌を出して言ったその言葉に驚いた。
ウザいとか、今、玲奈さんが言ったの?

いつもにこやかに笑っている、明るくて気配りのできる玲奈さんからは想像できないセリフ。

何と返事をしていいのか分からずに、ただその可愛い顔を見つめてしまった。


『椎名ちゃん、他の子とかに文句言われたりしなかった?
あの子たちってさ、僻むことしかできないんだ。キレイな自分のままで好きなもの手に入れようなんて考えてるんだから、甘いっつーの。
っと。
それはいいとして、何言われても気にしなくていいよ』


ね? と肩を叩いて、玲奈さんはするりとドアの向こうに消えて行った。

静かに閉じられた扉をただ呆然と見つめて、あたしは玲奈さんの言葉を反芻した。