月下の逢瀬

な、と優しく言った日薙くんは、固まったままのクラスメイトを見渡して、大きな声で言った。


『もうこの話題は止めにしようぜ。みんな気まずい思いはしたくないだろ』


ちらほらと同意の声が上がり、重たかった空気が明るくなっていった。


『理玖くん怖かったあー。
真緒もさー、早く言ってくれたらこんな騒ぎにならなかったのに』


前の席の川田さんが振り返って肩をすくめた。


『あ、ごめん。タイミング外しちゃって……』


『あーでもまあ、渡辺さんたちの勢いすごかったもんね。ヘタなこと言えない雰囲気だったもん』


ぺろりと舌を出して笑う川田さんに合わせてあたしも小さく笑った。
けれど、手はまだ震えていた。

とっさに言ったことだったけれど、よかったんだろうか?
この場は丸く収まったように見えるけれど、理玖はどう思っただろうか?

余計なことをしてしまったのでなければいいんだけど。


『じゃあ、あたし帰るね。ばいばい』


『あ、うん。また明日ねー』


今日はもう帰ろうと、そっと教室を後にした。
視界の隅に、泣き崩れた渡辺さんとそれを囲む子たちの姿が入って、ちくりと胸が痛んだ。