月下の逢瀬

ナースステーションの手前の扉に、810と表示されているのを見た。


ここが玲奈さんの病室……。

足早に、その前を通り過ぎた。


と、看護師さんがこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。
あの人に渡して帰ろう。


「あの、すみ」


「あの、もしかして姉のお友達ですか?」


ふいに、背中に声がかかった。


「え?」


振り返ると、そこには見慣れないブレザー姿の女の子が立っていた。

艶のある綺麗な黒髪に縁取られた顔はにこりと笑っていて。
その少し猫を思わせる瞳は玲奈さんによく似ていた。


「あ……玲奈さん、の?」


「はい。妹の久世琴乃(くぜ・ことの)と言います。
姉のお見舞いにいらして下さったんですか?」


ありがとうございます、とぺこりと頭を下げる。


「姉はまだ意識が回復しないんです。せっかく来て頂いたのに、すみません」


「あ……いえ、そんな」


はきはきと話す彼女に気圧されて、上手く返せずにもぐもぐと答えた。

玲奈さんの、妹?

誰にも会わずに帰りたかったのに。
よりによって、家族の人に会ってしまうなんて。