その2
剣崎


「剣崎…。仮に、麻衣を止められるガキが現れたら、ここに連れて来い。いや、麻衣を今以上にムキにさせられるヤツなら、とりあえずそいつでいい。今の麻衣に真正面から向かってこれる娘なんか、いないだろうがな…」

その後しばらく間をおいて、会長はつぶやくように言った

「麻衣が有紀ちゃんと同じ年だったらな…」


...



相馬会長は、紅丸有紀とはアメリカで初めて会ったそうだ

親交のあった有紀の父親の招きで、ロスに赴いた際、紅丸氏と一緒に乗馬の大会を見物した

その大会には、年上のアメリカ人たちに交じり、有紀も参加していた

その時、有紀は日本で言えば、中学に入ったばかりだったらしい

そこでの有紀は、向こうでは有色人種の外国人ながら、実に堂々と、はつらつとしていたんだそうだ

体躯でも、愛国心でも、インテリジェンスでも、アメリカ人に一歩も引けを取らなかったわが母国の少女に、会長は全身が震える思いだったという

それから数年して日本へ帰国したその少女は、この都県境にある自宅で暮らすことになる


...



当時、身長180近くの中学三年生だった有紀を、会長は帰国後ほどなくして表敬訪問している

実はその場には俺もいた

自宅のジムで、100キロ近いバーベルをむんずと持ち上げていた、その躍動感あふれる有紀を見る目は、麻衣を見るそれと酷似していた

まあ、今にして思えばだが…

以降、有紀はその怪物ぶりで、ガキどもの間ではカリスマ的存在となった

そして六年後、再び渡米する直前の身重の有紀は、間接的とはいえ、相馬会長へケンカを売った

それは有紀と重ね合わせていた、他ならぬ麻衣に立ちはだかる立場としてだった

その時、この人の胸に去来すものは、いかなる想いだったのだろうか…

結局、会長の決断はこの数年怪物の名を欲しいままにした、紅丸有紀を立てる結果となった

それがイコール、麻衣の言う今回のオペレーションの結末となる

俺は思った

この狂気の人は、自分の分身たる麻衣が、紅丸有紀のような怪物並みの娘と遭遇するのを待ち望んでいるのではないかと…