その2
ケイコ



亜咲さんは、私を巻き添えにしてケガさせたことで、心底苦しんでいた

特に、夏の大会と入院代とかの治療費を心配してくれててね

私は今日、夏の大会は十分出場できるし、それに治療費も紅子さんの弁護士さんが調停してくれてるから安心してよと、亜咲さんにははっきりと伝えた

亜咲さんはそれでも、私に迷惑をかけたと最後まで気に病んでいたよ

この人は人には優しいけど、自分には厳しい人だったな…


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「おばさんに、また餞別もらっちゃったんだよ。今度は引っ越し名目でさ。本当は入院代とか請求されなきゃいけないのに…」

私の親も、今回の件で亜咲さんを責めていない

むしろ同情してたよ

こんな時に亜咲ちゃんがかわいそうだって

亜咲さんに対しては、高校中退して病気の母親を面倒みて、なんて立派な子だって感心してたからね

オカンなんかいつも口癖のように話してて、近所中に自慢してるくらいだったよ

そう言えばうちのオカン、亜咲さんが出たスタントシーンの映画なんかも宣伝しまくってたわ(笑)


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「ジョンがさあ…、数日前からそっちに移してもらったんだけど、夜ずっと吠えててさ。今日も、最後まで鳴いてて後ろ髪引かれたよ。まあ、美咲ちゃんには懐いてるから、しばらくすれば慣れると思うけど…」

高原家の愛犬ジョンは、お父さんが離婚で家を出て行った時、おばさんが一人っ子の亜咲さんを案じて飼い始めた柴犬でね…

いつも散歩には妹の亜咲がついて行ったっけ

今回、引っ越しでジョンは我が家に来ることになった


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亜咲さんは最後まで、私の”今後”を気にしてくれてた

墨東会が私を経由して、南玉に和解申し入れをしたのは承知していたし

どうやら亜咲さんの耳にも、今回の一部始終は届いていたようだった

「南玉にも最後の最後でえらい迷惑かけちゃったよ、私さあ…。とんだ”置き土産”をさ…」

果たして亜咲さんは、今回の襲撃事件のことを言っているのか、若しくは本郷麻衣の存在自体を指しているのか

その麻衣については、話の最後に触れていた

「麻衣には一言だけ残しておいたんだ。私の純粋な走る気持ちを汚す真似だけはするなと…」

亜咲さん…


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別れ際、私たちは何分間も抱き合っていた

”お姉ちゃん…”

私は心の中で、本郷麻衣と同じ言葉を呟いた