「遅くなってすみませんー。急な残業が入ってしまって」


と言う僕の言葉を聞いた彼女は、ほんの一瞬だけ全く納得していない顔であっさりと聞き流して、次の瞬間にはもうにっこりと微笑んでいる。

かなり酔いが回ってきているのだろう、頬が赤い。

初めて会ったあの日よりもずっと色気が増して美しい大人の女性になっている彼女に、僕はやっぱり心奪われる。

そして、どうすれば彼女の心をこちらに向かわせることが出来るのかを必死に思案する。


「今井 楓です。飲食店勤務です。よろしくお願いします」


僕が〝篠宮〟を名乗りたがらないのは親友もよく知っている。

〝今井〟は母の旧姓で、今後あまり関わり合いにならない初対面の人間にはよく今井の姓を使っていた。

亜矢さんには申し訳ないけれど、しばらく僕の本名は伏せさせてもらう。

ここで篠宮と関係があることを知られるわけにはいかない。

篠宮家の人間だと分かったら彼女は僕への興味を失ってしまいかねないから。


どんなに工夫したとしても僕の容姿が普通のサラリーマンに見えないことは自覚している。

そのせいで〝飲食店勤務〟と自己紹介すればかなりの確率で〝夜の仕事〟だと誤解されることも……。



合コンは彼女にとっては不本意だったのだろう、にこにこ笑いながら人の話を聞いてはいるけれど、参加するつもりは全くないらしい。

そんなところもやっぱり好きで、もう絶対に後には引かないと強く心に誓う。