「…古田、気分悪くさせたな。すまん。だけど、あのままだとずっとだったぜ、最後まで…。今日はお前と話したくて来たんだし。酒の席では、ああいった手合いとは”どっちか”になるんだよ」

「ああ、わかってる。オレも特段親しい仲じゃないしな。でも、丸島、怒って帰ったっってのとは違うような気がしたな…。ああ、それでどうだよ、仕事の方は…」

”いやあ…、同じ高校時代のタメで、こうも違うのかって実感するわ。…まあ、さっそくのこういうフリなら、ここでかな…”

「いやあ…、相も変わらず自転車操業だよ。特に今月が厳しい。…いきなりだが、”30”、半月都合できねーかな」

思わず和明は、”全く…”といった表情でのけ反った。

「うわー、まさにいきなりだな…。今回もリターン、大丈夫なんだな?」

「ああ。お前にだけには、何が何でもだ」

「あのなー、オレ、お前以外に金貸したことなんか一度もないんだぞ。たぶん、他なら頼まれても断るよ」

「そうだよな。昔からそういう気質だったもんな、お前。すまないね…」

「じゃあ、週明けにでもいつもの口座に振りこんどくよ。大変だな、いつまでも…」

「うん…、まあ、ギリギリまで頑張るしかないしな」

二人はその後、互いの家族のことや健康のことや異常気象のこととか…、2時間ほど懇談の場を持った。


***


一方の丸島は、そのあとまっすぐ自宅に戻るとそのまま自室に入り、サイドボードの引出しからゴムで括ってるある”手紙の束”を取り出した。
この引出しには、文字通り、過去の教え子から届いた手紙類がきちっと五十音順に整理して保管されていた。

”これだ…。鬼島則人…”

その手紙の束は、白い定形封筒3通…。
差出人はいずれも、鬼島則人からであった。

丸島はゴムを外さないままで机の上に置き、イスにかけてじっとその3通に視線を落とした…。

”さっき居酒屋で水野のヤツが口にしたことで、なぜか咄嗟にあの記憶とある出来事がよみがえった…。ちょうど6年前か…”

その6年前の出来事とは‥、20年以上前に勤務していた都内の某都立高校の卒業生による同期会の場であった…。


***


「…という訳で、趣味の範疇ですがケータイ小説に投稿できて、この年でスキルアップが叶いました。これも、先生が国語の授業で小説の書き方とかって面白いカリキュラムをやってくれたおかげです。これまでは短編一本でしたが、今、推理ものの長編にチャレンジしてるんです。…ここのサイトなので、もしよかったら読んで、寸評をラインで下さいますか?」

「ハハハ…、矢口先生、彼女の作品、面白そうですね。いやあ、教師冥利に尽きますなあ…。工夫を凝らした授業をきっかけにして、趣味とは言えスキルアップ出来たと卒業生に感謝されるなんて…」

「本当ですね、丸島先生…。私は、社会に出た教え子から些細なことでも、その後の人生のプラスになるキッカケとか力をもらったとか、こうやってクラス会なり同窓会なりで告げられるたびに、教師をやっててよかったなあって実感できるんですよ」

まさしく、日本全国の卒業生主催の同窓会などの場では、頬を緩めっぱなしにした教師たちの間で、このような会話が日々飛び交っていることであろう‥。

しかし…、”六年前”の席での出来事は、丸島がこのように心和むことができる場面ではなかった…。


***


「…丸島先生、ご無沙汰しています。D組の鬼島則人です」

「ああ、ええと‥、私の担任ではなかったけど…。しばらくだね」

同窓会では、こんなケースはよくある。
自分が受持った担任クラス以外の生徒から、自分の記憶にない些細な接触やふれあいで、”あの時はありがとうございました”という感謝の意を受ける…。
これもまた、丸島には感慨深いものであったのだ。

実際、この時彼は、果たしてこの鬼島と名乗る元生徒が自分とどんな接点を口にするのか、ちょっとした胸躍る気分だったに違いない。
そして、なんともな丸島の言葉の投げかけに、かなり細身な鬼島則人は、やや微笑気味の顔で”返事”を述べた。

「僕、三年の時、進路指導だった丸島先生に最初の面接で、ある企業の求人枠をあっせんしてもらいました。覚えてらっしゃいますか?」

「いやあ…、何分大勢だしね。すぐには思い出せんが。はは…」

これも”いつも”の受け答えだった。

「そうですよね。でも、僕にとっては忘れられたんじゃ、たまんないんですよね」

「うん?それはどういう意味かな…」

「その斡旋でお願いしますと、その場で僕は言いました。ところが、次の面接でその後の段取りを伺ったら、この企業の枠は他の生徒でもう次の手続きに入ったと言われたんです」

「…」

ここで二人を包む空気は一変する。