おぞましい憎念



「…和田さん、再度確認させてもらいますよ。この最後の手紙は、ご友人の丸島さんが保管されてて、まだ封は開けていない。それは今現在も間違いないんですね?」

「はい。そいつは未開封です。絶対開けるなと丸島に念押ししてありますから」

「それは正解ですよ。この手紙を開封すれば万事休すだったと思う…」

ここでの鷹山の顔つきは、どこか怖れを帯びていた。

「あと、メールの中ではお伝えしてないことがあります。丸島が同じような不気味な夢を2度見ました。いずれも同じ場所らしく、そこにはくびれた柳の木が…」

和田は丸島から聞いたままで夢の件を鷹山に告げた。
そして、今朝、自分と鬼島が”あの当時”通っていたH高校の校庭で、”それらしき”くびれ柳を確かめてきたことも、手元のスマホに保存された画像を再生しながら報告した。


***


「うーん、聞いてる範囲では、念じ側の導きってとこでしょうが…」

鷹山は大きくため息をついて、もはや眉間にしわを寄せている。

「鷹山さん、…ここまででいかがなもんですか?我々はどうすれば…」

「ここはひとつひとつ整理しながらいきましょう。まずは、この最後の手紙は、ネット上でも流通している、いわゆる”開けずの手紙”と括っていいと思います。つまり、送った人間が自ら命を断つ直前に、その恨みを念じ高めて相手に送る。呪いを込めて。受け取った相手はその手紙を開け、中にかかれている文面を読めば、呪いは掛けられたことになると…。ただし、その手紙を開けない限りは呪いが封印されたままになる。これが概ねどこの”開けずの手紙”の基本形です」

ここまでは和田の”開けずの手紙”に対する認識と完全に一致していた。

「…その解決方法もだいたいのサイトが、焼却すれば呪いそのものが消えるというという解釈で、まあ、破棄の場合も封を開けない限りは呪われないけど、破ったりとか、シュレッダーで裁断だと開封に準じるからアウトとかも…。ウチもその見解で載せてて、実際にそれでことなきを得たという投稿ももらってます。しかし、今回はそれが当てはまらない…。そう考えるべきだと思われます」

この見立てにも和田は同様の見解をとっていた。


***


「では、丸島のケースは鬼島が”開けずの手紙”の手法を用いて”逆恨み”に基づく呪いをかけたとしても、”基本形”以外の特別バージョン…、要は呪いの念じ度が強いと、鷹山さんは考えるんですね?」

「はい。従って、”こいつ”を焼却しても呪いは消せないと…。一通りお聞きした流れだと、この鬼島という人はこの2年半をかけ、計画的に、今回の実行に向けてコツコツ備えてきたように思えてならないんです」

”コツコツとか…。何か聞きなれた音感だが、ここで聞くとゾクッとする”

思わず和田は眉間にしわを寄せた。

「…彼は、開けずの手紙を使うことも当初から決めていて、そこにその間、様々な工夫や言い方は適切ではないが、いくつかのオプションを加えた。そのことで、呪いの威力を格段にアップさせられた…。無論、彼本人には、その目的意志があってのことでしょう。そこで、ポイントになるのが、この血のりらしき赤いシミです」

ここで鷹山は、テーブルの上から”ラストレター”を再度拾い上げ、封閉じ部を指さした。

「今の時点では完全に憶測ですが、私の察するところ、これは鬼島氏が封をして投函した際はついていなかったと思う」

「えー!では、そのシミはいつ…」

「たぶん、彼が浴槽で出血死した後…。要するに、彼の怨念がその赤いシミとなって現出したんじゃないかと推測できます」

「ふう‥、仮にそうだとしてら、何ともおぞましい…」

「その場合、彼としては、開封されなければ呪えないという、”開けずの手紙”最大の欠点をクリアする目的からではなかったのかって、どうしても思えてくるんです」

和田は思わず口をポカンと開けた。


***


「ちょっと、待ってください。じゃあ彼からしたら、藁人形じゃなくて、わざわざ”開けずの手紙”を選んでおいてですよ、開封しなくても呪える手段をオプションに付したってことになるんですか?だとすれば、なんでそんな手の込んだことを…」

「…言ってみれば遊び心とかですかね」

”なんてこった!鬼島はたかだか逆恨みの相手を呪うのに、相手を恐怖に陥れる為、開けなければ呪われないという希望のあかりをちらつかせて、弄ぶハラだったのかよ!その為に、包丁で自分をめった刺しにして自刃したと…。完全に狂ってるって!”

和田は全身の鳥肌から寒気を感じながらも、同じ自分の全身には、生暖かい蒸気が漂いそうな脂汗が滲み出ていた…。