序/その1



≪人から買う様々な悪感情のうち、ある意味において最も恐ろしいものは”逆恨み”である≫

ーある男の遺書よりー


***


梅雨前の晴天に恵まれた、土曜日の夕方…。
神奈川県内で自営業を営む水野洋輔は、都内某所の居酒屋に向かっていた。

その日は高校時代からの友人、古田和明と”一杯”やる約束になっていたのだ。
二人は同級生で50代半ばを超える今も、年二回はこうしてサシで会う仲だった。

その場合、洋輔は都内にある実家に泊まり、翌日は年老いた両親を買い物に連れて行ったり雑用を片付けたりするパターンが通常だった。

午後六時半過ぎ、洋輔は私鉄某駅近くの大衆居酒屋に着いた。
ここは和明の家が近く、最近は二人が会う際によく使っていた店だった。

洋輔は店に入り八割方の席が埋まっている店内を見回すと、和明はすでにいたのだが…、一人ではなかった。
店内中央のテーブル席には、彼の正面にもう一人、同年代の男が座っていたのだ。

とりあえず、洋輔は彼の元へ歩いていった。


***


「おお、水野、しばらく…」

「古田、お待たせ」

「…あのさ、高校ん時部活で一緒だった丸島だよ。お前とはクラスも別だったろうけど、丸島は知ってるって言うんでさ」

”うーん…、覚えてるわ。全くと言っていいほど付き合いはなかったが、友達の友達って流れで話は何度か交わしてたな…”

「よう…、高校卒業して二回くらいは会ったと思う。えらく久しぶりだが、覚えてるか?」

「顔見てやっとだ。街中でバッタリじゃあ、わかんなかっただろうな(苦笑)」

「ああ…、お互い”髪型”も極端に変わったしな。ハハハ…」

結局、せっかくだからということで、三人一緒でやろうや…、ということになったのだが…。
実際、洋輔には迷惑な話だった。
この日、彼は複数の意味で和明と二人での場を望んでいたのだ。

加えて、洋輔はこの丸島友也のことを生理的に嫌っていた。
深くは知らなくとも、ちょっと接しただけで、友達になりたくないという感情を持ってしまう類で捉えていたのだ。

内心、やや不機嫌な気分にはなってはいたが、洋輔は顔には出さず、まずは和明の隣に腰を下ろした。


***


”げー…、案の定だわ。丸島のヤツ、テメーの自慢話ばっかじゃん…。どんな話題になってもすぐ、そう言えば俺もさあとか、俺の知り合いがさあと、すぐ自分に持ってっちゃうクソな性格、40年近く経っても全然だぜ。いや‥、年取って益々ねっとりしてきてるって…”

ずっと地元で高校教師を続けてきたという丸島は、各々の仕事の話からスタートすると、早くも全開で自分ネタを話し続けていたのだ。

「…まあ、定年も間近になってつくづく思うよ。中途半端に出世欲は出さなくてさ、かえって正解だったと」

丸島は退職金の使い道やら、終活やらのプランとかを二人の前でとつとつと述べ、言わば持論の列挙になっていた。
時たま、二人に”お前はどうだ?”とか振ったりはするが、そのリターンですぐまた自分の話しに戻してしまう。

和明はどちらかと言うと、聞き役が苦にならないタイプということで、彼の相づちがますますもって丸島を饒舌にさせてしまい、序盤30分で
洋輔のイライラは早くもマックスに近づいていた。


***


”かー!今度はテメーの教え子どもの自慢ネタが始まったわ。スマホ撮りした出世組との画像をご丁寧な講釈付きでこれ見よがしだし…。コドモの自慢だって、こんなん…。日本の教育現場はどーなってんだ!”

同じ年代にもかかわらず、今だ借金経営の毎日をヒーヒー言いながらやり過ごし、老後の道筋など全く見えていない洋輔からすれば、やはりカンに触る話ではあった。

もっとも、親友の和明もそこそこの企業に長く務め、丸島以上の”老後の安定”は確保されていた。
だが、彼は洋輔の仕事とかには常に気を使って、丸島のように立場の違いをスルーした無神経な”青年の主張”をすることはなかったのだ。

洋輔の方もそんな和明には、素直に”勝ち組”を認めていて、二人で会ったいても妬んだり捻たりという感情は皆無だったのだ。

なので、もともと高校時代から”そういう癖アリ”を敏感に感じ取っていた丸島が、予想以上に自己満足をあからさまにしゃべりまくる態度には、永続的に仕事がキツくピリピリしている洋輔にとって、不快感極まるものがあった。

そして洋輔の”限界”がきた。