頼んだ覚えもないのに、いつもどこからともなく駆けつける芭流のことが、嫌いだ。

事ある毎に難癖をつけては俺にちょっかいをかけてくる近所のガキ大将よりも、他の誰よりも。


今日だけじゃない。

芭流がこうしてそばに来るたびに、腹の底から気持ち悪くなって、そういう感情は積み重なっていく。


「ちさと」

「うるせえよ! 頼んでもないのに勝手に来るな! お前なんか……」


突然怒鳴り出した俺に驚いて、目を見開いた芭流が握っていたハンカチを地面に落とす。

血のにじむ湿ったハンカチはぼとっと音を立てて横たわる。

それを、ほとんど反射的に足で踏みつけた。


「何でもひとりでできるお前にはわからないんだろ。俺はお前とは違う。二度と一緒にすんな!」

「ちさと……? あ、そっか……血が苦手だもんね。おばさんがいないならわたしが手当てするよ。今、お父さんいないから、うちにおいで」


わかっていない。芭流は、何も。

ずっと我慢していたものが溢れ出すのは一瞬で、堰を切ってしまえば、止まらない。


「誰が、行くかよ。お前の家なんか。知らないんだったら教えてやるよ」

「え……なにを?」


芭流のせいだ。全部。

女子に庇われて情けない、守られてばかりで、とからかわれて、俺の怪我が増えるのは。


「お前のお母さんはいなくて、父親は家に篭もりっきり、昼間から酒飲んで夜は帰ってこないって噂。お前、どう言われてるか知らないの」


言葉半ばで止めてしまえば良かった。

芭流の表情が強ばっていく。

芭流はこんなこと、今更俺に言われなくても知っていたはずだ。

同じ団地の人たちから良く思われていないことも、噂も、耳に入っていないわけがない。

誰も手を差し伸べない中で、唯一そばにいてやれる俺が、俺だけは、絶対に口にしてはいけないことを、勢いのままにぶつける。


「可哀想って。そんなやつに付き纏われて、俺まで巻き込まれてる。迷惑してるんだよ。いい加減、気付けよ」


心にも思っていないとは言いきれないけれど、本心の仄暗い部分だけが、吐いても吐いても尽きることなく芭流に降り注ぐ。

信じられないものを見るように目を見張り、薄く開いたくちびるを震わせる芭流に、一瞬揺らぎかける。

ぐっと体を前のめりにしたとき、この間の脇腹の打撲が鈍く痛んだ。