城坂くんが出て行ったあと、足が震えていたこと、手は指先まで冷え切っていることに気づく。
凭れかかるように近くの机に肘をつき、重い頭を抱えた。
「……よかった」
目頭にしびれるような熱が走り、透明な雫が滴り落ちる。
すべてを奪ってしまったと思っていたのに、ひとつだけ、ただひとつだけ、城坂くんの傍らに残っていた。
以前、先生に頼まれた雑用で、提出されたプリントの整理をしていたとき、城坂くんの字を見た。
癖のない整った字は、指先でそっとなぞりたくなるほど、美しくて。
わたしはそれをてっきり、昔書道を習っていた名残だと思っていた。
違ったんだ。今も、城坂くんは筆を握っている。
止めどなく落ちる涙を手の甲で拭い、真上を見上げる。
耳の方へと流れた雫が髪の隙間に吸われていく。
泣いてなんていられない、そう確信した。
城坂くんがあの桐箱に向けた横顔は、昔の面影を残していた。
わたしの知っている城坂くんに、まだ息衝くものがひとつ残っていたことが、自分の何を差し置いても、嬉しくて。
どうか、それがずっと、守られるようにと願わずにいられなかった。