だからどうして、何を思って電話をかけてきたのかをまだ聞いていないのに、気付いたら口を開いていた。
「自分勝手、すぎるよ」
『……そうだな』
「近付くなって言うなら、城坂くんもそうしてよ」
伝えるつもりはなかったけれど、勝手だと、本当にずっとそう思っていた。
わたしが我慢しなきゃいけないのは当然で、城坂くんの言うようにするのが正しいと、思っていたけれど。
嫌だと言うのなら、嫌いだと告げるのなら、その言葉に見合った行動を示してほしい。
『芭流なら、大丈夫って思ったんだ』
「なんのこと……」
『でも、大丈夫だと思っていたのに、いなくなったろ』
いなくなった、と聞けば、すぐにあの頃のことだとわかる。
わたしなら大丈夫だなんて、その言葉がどれほど、鋭利で、重いものかを知らないのだろう。
『また、いなくなったらと思ったら、怖くて、たまらなくて。会いたいとも、話したいともちがって、ただ』
今日の城坂くんは言葉を詰まることが多い。
流暢でない喋りは、城坂くんではないようで、その一言一句を取りこぼさないように、耳を近付ける。
『おこがましいと、思う。目には見えないものを、言葉をあれだけぶつけておいて、本当に、勝手で、最低で、許されないことだと思う。それでも、芭流。どうか、目には見えないものをこそ、信じて』
「城坂くんが、それを言うの?」
『俺の言葉じゃなくていい。だけど、大切な人の言葉は、見えなくても、信じていてほしい』
くちびるを噛むと、血の味が滲んだ。
芭流、と呼ぶ声さえ、今は拒絶したい。
「もういい?」
『芭流』
「呼ばないで、もう、呼ばれても」
苦しい、と小さな声で吐き出すと、城坂くんはごめんなと言って電話を切った。
ごめん、なんて、言わないでほしい。
城坂くんに勝手だと言いながら、勝手なのは自分だって、ちゃんとわかってる。
机の上に伏せて、しばらく、泣いていた。
どうして泣いているのか、わからなかった。



![[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.787/img/book/genre99.png)